第33話 「落としどころ」と「間をとる」という発想をやめる

今回の相談


今回は、交渉を成功させようとして、わざとすごく安い金額を言ってみたら、お店を追い出されてしまったという話です。あえて低い金額を言って徐々に金額を目標に近づけるやりかたはよくみられますが、実際のところどうなんでしょうか。

ふらりと入った古美術を扱うお店で、あるコーヒーカップを見つけました。なぜかわかりませんがそのカップに強く惹きつけられ、とても欲しくなりました。しかし値札をみると10万円と書いてありました。誰の作品化などは特に書いていません。5万円くらいなら買うのになと思い、それより安い値段から価格交渉を始めて5万円にもっていこうと考えて、店主に3万円になりませんか?と聞きました。すると、店主は、「このカップに3万円なんて、バカにしているのか!帰ってくれ!」と言われてお店から追い出されてしまいました。

金額交渉しただけなのに、お客を追い出すなんて、酷いと思いませんか?

 

これまでのおさらい


まずは、与えあう交渉のこれまでのおさらいです。少し詳し目に説明してますし、前回の内容はそれほど違わないので、もう知っているという方は読み飛ばしてくださいね。

交渉は基本的には3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という順番で進めていきます。

①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの、叶えたい状況」のことです。何のために交渉をしているのかがわからないと、意味のない交渉を続けてしまうことになります。交渉の迷路に迷い込まないように、ゴールを設定しておくことが大事です。目標は具体的であればあるほど望ましいです。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2つだけです。相手の話を聞くだけというと、簡単そうにも思えますが、実際には人の話を聞くことはそんな簡単なことではありません。人の話を聞いていると思っている人ほど、実は全く聞けていません。ついつい遮ってしまいがちです。忍耐力がいるものだと理解したうえで、交渉の時間の8割以上は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。たとえ生理的に嫌いな人でも、礼儀として敬意を払うことはできるはずです。感情的になるのは仕方ありません。感情が交渉の邪魔をすることもありますが、交渉前から感情的になっている方には、その感情をネガティブに受け取らずに認めてあげて、根気強く話を進めていく必要があります。交渉中は一番感情的になりやすく、開始時の不安から始まり、怒りや高揚感などを経て、失望や悲しみや後悔あるいは幸福感などが生じます。これらのうちネガティブなものは事前に準備をすることで防ぐことができます。ネガティブな感情は準備をすることで防ぎ、相手にはポジティヴな感情を抱いてもらうようにしましょう。

感情についても言えますが、人は一人ひとり考え方や、物事の見かたが違います。見たいものしか見えない盲点もありますし、過去のことに囚われて抜け出せないこともあります。目立つ情報にすぐに飛びつくバイアスや、自己中心主義や自信過剰のバイアスもあります。言い方(フレーミング)によるバイアス、同じモノでも自分のモノだと特に高い価値を感じるバイアス、そして最初に提示された条件から逃れられなくなるバイアス(アンカリング)もあります。人である以上、そのことを責めることはできません。ただ、あなたが相手のこと、また自分のことを知るうえで、バイアスの影響は避けることができません。

交渉では嘘やごまかしもつきものですし、つきたくなるバイアスがあります。どうすれば相手の嘘やごまかしを防ぐことが出来るのか、どうやって見分けるのか、嘘やごまかしと見破ったとしてどうすればよいか、自分が嘘やごまかしをしたいと思ったときどうするかなど、いろいろな場面があります。嘘やごまかしは自分や相手の勘違いの場合もありますので、まず立ち止まって、意図的なものなのか改めて検証しましょう。それでも嘘をつかれればそれをうまく指摘する必要があります。ただあなたがごまかしたいと思うときはたいてい準備が足りないだけですし、ごまかしにメリットはないのでやめましょう。

またそもそも、誰と交渉するかということも大事です。あなたの目標に意味のある人、決定権限のある人と交渉すべきですし、その人と交渉できないのであれば、間接的に影響力のある人をこちらの見方につけてその背後の人と交渉する必要があります。

③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうときに、同時に相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。「お返し」というステップを加えることで、自分だけではなく相手にも目を配ることができて、交渉が失敗することを防ぐこともできます。

「お返し」として「何を」与え合うかは、段階的に、「想像力」と「創造力」を活用して選びとります。相手に敬意を払う姿勢がこれらの力を源となりますので、敬意を払う姿勢を忘れないでください。ただ、注意しないといけないのは、「お返し」として金銭的なものを選ぶのは逆効果になることがあるということです。「お返し」に何が効果的かは相手との距離感によります。

お返しを「どう」与えあうか、与えあう方法として、まだ好意的な関係が築けていない場合、論理的な交渉、つまり、①合理的な理由や根拠と、②交渉の目標との間の因果関係があることが有効です。根拠や理由には、法律や規則だけではなく、相手自身のルール、自分ルールもこれにあたります。相手の自分ルールがわかれば相手自身で自分を説得してもらうことも可能です。そのために謝罪が必要な場面があれば、臆することなくそこまで行うことも必要です。

与え合う際には、あなたの中での公正さと目標達成のためのずる賢さが対立するかもしれません。何が公正かは人によって違います。悩んだときは、そもそもあなたがどんな人間でありたいかということに立ち返ると答えが出るでしょう。

与え合うことの難しさから、理想論だとあきらめそうになりますが、奪い合いよりも与えあうほうがあなたの交渉の成功率は高まりますので不安になる必要はありません。

今回は、交渉でよくみられる、「落としどころ」や、「間を取る」ということについて考えてみたいと思います。

 

落としどころの罠~「間をとる」という間違い


さて、交渉では、自分の最大の目標のほかに、落としどころをあらかじめ考えて、そこにうまく着地するように交渉することが良い、などと説明されることが多いです。

そして、この場合の落としどころとして、相手の提示条件との間をとることを前提に、あらかじめあなたの交渉の目標よりもかなり高い条件を最初の提示条件にするということが、巷ではよく行われます。

たとえば、あなたがフリーマーケットで、お気に入りの服を見つけたとします。値札には3000円と書かれていて、あなたとしては2000円なら買いたいと思い、目標を2000円に設定しました。ですが、交渉に慣れている人であれば、いきなり2000円とは言わないと思います。売主と交渉でうまく2000円にもっていくために、もっと安い1000円くらいで提案して、売主が2700円とか2500円とかの反対条件を出してきたところで、間をとって2000円にしようという交渉をするのではないでしょうか。これは本当によくみる光景です。

確かに、とても安い値段を言うと、そこにアンカリング(第19話参照)が設定されて、売主もそれに引っ張られて、2000円で落ち着くかもしれません。

 

第19話 心にくさびを打ちつけるアンカリング~どちらが先にオファーをするかを巡る果てしない攻防~

 

 

しかし、そこであなたは一つ大きな間違いをしている可能性があります。実はその商品は、そもそも3000円もの値打ちがなく、2000円でもかなり高い服かもしれないという可能性です。あなたは自分が落としどころとして安い2000円にもっていこうと考えながら、実は売主の3000円という値段設定のアンカリングの罠にまんまとハマっている可能性があるのです。

交渉をなぜするかというと、あなたの交渉の目標を達成するためです。あなたとしては、気に入ったその服をできるだけリーズナブルに手に入れるというのが本当の目標のはずで、2000円というのはその目安でしかないはずです。つまり、2000円というのは、3000円の値段の半額よりちょっと上という、なんとなく交渉の落としどころとして良さそうな気がするだけの金額でしかないということです。

あなたの目標ができるだけリーズナブルに買いたいということであれば、落としどころなどというものを安易に決めつけずに、売主にまずはその商品の情報を詳しく聞くべきです。中古であれば新品価格を聞くべきでしょう。手作りであれば原価や作成にかかった時間を聞いてもかまいません。手作りは、結局あなたが原価にプラスして、その作り手の技術にいくら払いたいかということだからです。

何が言いたいかというと、落としどころとか、間を取るということほど、意味のないことはないということです。間をとることは、あなたの交渉の目標ではないはずです。

あなたが売手から聞ける情報をすべて聞いたうえで、あとはあなたの交渉の目標を達成するための金額を伝えて交渉しましょう。聞ける情報をすべて聞いていれば、3000円という値段設定のアンカリングはかなり弱まっているはずですので、あなたはもっと自分が適切だと思う金額を提示しやすいはずです。あなたの交渉の目標を達成するためにはいくらの金額がよいか、ここまで検討したうえで2000円という金額を決めたのであれば、それは何にも問題ありません。

目標は高くもって構いません。あなたが1500円であれば買いたいし、1500円でも良いのではないかと相手の話を聞いて思ったのであれば、その金額を伝えましょう。大事なことは、落としどころというものを安易に作って、そこにもっていくために、相手に受け入れられないような金額を提示するのはやめましょうということです。高い目標の金額を伝え、あなたがそう思う理由を伝えることが大事なのです。

 

交渉は決裂するリスクを常に秘めている


あなたが、落としどころとしてではなく、自分で高い目標として2000円を設定したとしましょう。その場合は、その目標の2000円を伝えてください。売主が受け入れてくれれば言うことありませんし、渋ってきて対案を出してくれば、あなたとしてはなぜ自分がこの金額が良いと考えているのか、再度訴えて求めるべきで、金額を安易に上げるべきではありません。

このように説明すると、最初にもっと安い金額を提示しておけば、たとえば1500円と言っておけば徐々に譲って2000円にできたのに、いきなり2000円と言ってしまったから、譲れないじゃないかという批判がありそうです。

しかし、あなたが本当に2000円が適切だと思っている場合(逆を言えば1500円ではどう考えても安すぎて適切ではないと考えている場合)、1500円から徐々に2000円にあげることは、相手に譲っていることにはなりません。適切な金額が1500円ではないため、譲っている「ように見せかけている」に過ぎないからです。この場合、あなたとしては、1500円から徐々に上げることで、金額を譲っている「ように見せる」努力をするのではなく、2000円で買いたい根拠を心から伝えましょう。そのほうが2000円で買う確率は高まります。本当です。

もし、このケースで1500円で言ってみて、予想外に1800円で話がまとまった場合、それはあなたの交渉の目標設定が甘かった、という結果論にすぎません。

そして、このようなバクチを狙うべきではありません。交渉は決裂する可能性を常に秘めているからです。

 

 

お金以外の交渉場面を想像すればわかること


相手と自分の条件の「間をとる」ということは、お金が問題になっている場面ではわかりやすいです。しかし、交渉はお金の問題に限りません。

たとえば、夫はソファが欲しいけれども、妻が反対しているという場合、間を取ってダイニングチェアを買おうとはあまりならないでしょう。なぜ夫がソファを欲しがっているのかをきちんと聞いて、その理由がくつろげる場所が欲しいということだったとすれば、ソファは買わない代わりに、くつろげるフリースペースを作るなど、間を取るといった発想や、落としどころといった発想ではなく、これまで何度も繰り返してきた通り、相手がハッピーになるなにか別のモノやコトを与え合うという交渉のほうがしっくりくると思います。

そうであれば、お金の場面でも、それ以外の交渉の場面と同じように、自分の目標に集中してそれを与え合って実現するべきであって、「落としどころ」や「間を取る」といった特段根拠のない目標から離れた条件を考えることはやめましょう。

 

落としどころと交渉の目標は違う


落としどころを考えないと説明すると、先のことを予想せずに行き当たりばったりで交渉をするべきではないといった批判もでてきそうです。

しかし、落としどころを考えるのをやめましょうというのは、行き当たりばったり出たとこ勝負になることは意味していません。先のことを考えるのをやめましょうということではありません。

交渉では、常に交渉の目標を設定し、それを常に意識する必要があります。交渉中は絶えず交渉の目標を念頭に置いて、そこからずれた交渉をしていないか常に検証しているはずです。先々のことまで読まないと、自分の交渉の目標にずれた交渉をしていないかどうかはわかりません。

落としどころという自分の目標とは違う不明確なものをよりどころにするほうが、交渉の目標から遠ざかっていることになります。逆に言うと、落としどころではなく、本当の交渉の目標にだけ集中することこそが、先を見通しているということではないでしょうか。

 

 

今回の相談の回答


それでは今回の相談です。相談者をAさんとします。Aさんは10万円のコーヒーカップを5万円くらいなら買ってもよいと思い、3万円から交渉をスタートしたところ、店主を怒らせてしまい交渉が決裂してしまいました。

Aさんの交渉の目標は、5万円でこのカップを買うということです。Aさんが3万円で欲しいと思ったのであれば、3万円で買うことが目標ですし、その目標が悪いこともありませんが、ここでは5万円で買うことが目標となっています。Bさんの交渉の目標は何でしょうか。値札を10万円と付けていることからすると、10万円で売るということでしょうし、なんだかこだわりがありそうであれば、10万円でなくても、このカップの価値がわかっているひとに売るということが目標かもしれません。今回はBさんがどう思っているのかAさんが何も聞いていないことが大失敗です。Aさんとしては、BさんにこのカップのことやBさんの考えなどをよく聞いて、Bさんの交渉の目標を正確にとらえることが必要でした。

Aさんは、5万円で買うことが目標なのに、3万円で提示してしまいました。何も値札が付いていない場合、アンカリング効果を狙ってあえて低い金額を言うことは心理的な効果はあるかもしれませんが、今回はBさんは値札をつけているので何の効果も見込めません。むしろ、Bさんを怒らせてしまっています。もし、Aさんが本当に3万円であれば買いたいと思っていたのであれば、なぜ自分は3万円なら買いたいと思ったのか説明して、交渉すべきでしたし、その説明ができるのであれば、Bさんはいったんは追い返したとしても、Aさんの話を聞いてくれるかもしれません。値段はともかくカップの価値がわかってくれていると思えば交渉成功の余地もあります。今回の問題は、Aさんが自分の目標にもっていくために目標とは違う金額を提示したため、Aさんがなぜその金額を提示したのか説明できないという点にAさんの交渉の弱点があります。

Aさんとしては、自分の目標が5万円で買うということであれば、最初から5万円を提示して、その理由を説明するべきでした。それでBさんが納得しないならそれは仕方ないですが、少なくとも3万円からスタートするよりは、交渉が成功する可能性はむしろ高かったと思います。

今回はここまで。火曜日更新でお届けしています。コメントもよろしくお願いします。

photo by iyoupapa

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コメント

    • チビ
    • 2019年 7月 09日

    相談を読んで、笑ってしまいました。骨董品に値段をつけるのは、難しいと思います。100人いたら100の価値観があると思います。私には無縁の世界です。値切るのは苦手です。段々、機械化されて、店頭での値切りの交渉が少なくなってきてます。人との触れ合いがなくなって寂しい世の中になってます。言葉の使い方がわからないサイボーグ人間が未来を支配しそうです。

      • 中嶋俊明
      • 2019年 7月 16日

      >チビさん
      「100人いたら100人の価値観がある」、まさにその通りだと思います!
      だからこそ、人とのふれあいのなかで、十分なコミュニケーションをとる必要があるんですよね。

    • くりもと
    • 2019年 7月 09日

    私が客なら「とてもこのコーヒーカップが気に入った」旨を熱弁して、「でもお金なくて5万円しか出せない。でも欲しい…」と、どうしたらいいか相談するかなぁ。

    • 中嶋俊明
    • 2019年 7月 16日

    >くりもとさん
    その熱弁こそが、お店の人が欲していることかもしれませんね!

    • 平安京
    • 2019年 7月 22日

    値段の交渉をしようと意気込むほど、数字をすぐ口に出してしまう気がします。
    まず売主に商品のことを詳しく話してもらうことが大事、という点にはっとさせられました!

      • 中嶋俊明
      • 2019年 7月 22日

      >平安京さん
      そうそう、お店の人も商品が好きなので、話をしてもらうと喜んで話ますよね。それもまたお返しだと思います。

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