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<ゲーム中毒の彼氏>
今回のご相談は、彼女といるときもスマホに夢中な彼にどう接するべきかという相談です。同じようなことは、小中学生の子を持つ親御さんにも当てはまるのではないかと思います。
私は25歳のOLで、彼氏と同棲して3年になります。彼氏は27歳ですが定職に就かず、いつもスマホゲームばかりやっています。課金はそれほどしていないようですが、いつもスマホばかり覗いていて、私から話しかけない限りほとんど会話がありません。会話しているときもスマホから目を離さず、そのことを注意すると嫌な顔をして口を利かなくなります。一生このままではと不安です。彼のことは好きなので別れたくはないのですが、どうすれば良いでしょうか。
歩きスマホの事故も最近起きていますが、片時もスマホから目を離さず、仕事にもいかないというのは明らかに度を超えていますよね。しかし彼女はそれでも彼のことを嫌いになれずなんとかしたいようです。どうすればよいのでしょうか。
<おさらい>
交渉するためには3つのステップを踏まなければいけません。
①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」どう」与え合うか、という点です。
①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。何も準備をしないと、合意をすること自体が目的になってしまい、何のために交渉しているかが分からなくなって、不利な合意をしてしまうおそれがあります。そのため、必ず、「何のために交渉をするのか」ということを考えて、交渉のゴールを決めなければなりません。自分自身に問いかけて、本当の自分のニーズを見つけましょう。
次に、②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを理解しなければなりません。
そのためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をすることが必要です。
(ⅰ)相手の話を聞くというのは、文字通り、遮らずにとことん話を聞くことです。人の話を聞くことは慣れていない人にはキツイ面もあります。忍耐力が必要になると割り切って、遮りたい気持ちをグッとおさえて、相手が黙っても話したい気持ちを抑えて、とにかく言いたいことを言ってもらいましょう。
<いい質問は内容よりもその姿勢にある>
では、冒頭の相談のように、自ら話をしないような彼を相手にした場合、どのような質問をすれば彼から話を聞き出すことができるでしょうか。(ⅱ)適切な質問をどうやってすればよいのでしょうか。
実は、人が質問に答えるかどうかは、その質問の内容よりも、質問をしている人の態度や姿勢で判断されています。質問の内容よりも、その人物に好感が持てるかどうかで判断されているのです。ここでいう好感というのは、これまでの人間関係で培われたことももちろんですが、それ以上に、「質問自体が相手に敬意を払ってなされているかどうか」が重要です。たとえ恋人同士や家族であっても、質問自体が自分勝手なものであれば、質問された方は答える気にはなれません。考えてみれば当たり前の話です。
では、相手に敬意を払った質問というのは、具体的にはどういったものでしょうか。
相手の立場に自分を置き換えて考えてみましょう。あなたはどんな質問を受ければ敬意を払われていると感じますか?
敬意を払われていると感じる質問とは、「自分に関心を持ってくれている」「自分のために質問をしてくれている」と感じさせる質問です。
質問は何のためにするかといえば、相手のことを理解するためです。ところが、多くの場合、質問に名を借りた相手を非難する責任追及の質問や、頭ごなしに否定する質問がなされています。しかも質問している本人はそのことを自覚していません。
たとえば、あなたも子どものころ、宿題そっちのけで好きなテレビ番組を見ていて、母親から「テレビばっかり見ていないで、いつ宿題やるの!?」と母親から言われたことありませんか。これは、形式としては質問のようですが、実際は「テレビを消して早く宿題をやりなさい」と言われているだけです。
責任追及の質問や、相手の意見を否定するための質問は、相手の心を閉ざすだけです。
「あなたに関心を持っていますよ」、「あなたのことを理解したいので教えてください」といったことを言外でも伝わるような質問をしないといけません。
たとえば先ほどの例では、「そのテレビ好きなのね。面白そうね」とまずは理解を示したうえで、「でも宿題も早めにしないといけないと思う。どうしたらいいと思う?」と質問すれば、子どもの対応もずいぶん変わってくると思います。
もちろん、毎回宿題のことだけで、こんな回りくどい言い方をするのは大変でしょう。そこまでは私も求めてはいません。ただ、相手を頭ごなしに指示するような態度の質問は逆効果だということです。初めて会った人だけではなく、知人でも恋人でも家族でも、質問は相手に敬意を払い、相手のことを理解して分かり合いたいために質問をしていることが分かるように行いましょう。
どう質問してよいか、わからない場合は、「あなたのことを理解して分かり合いたいのですが、どう質問したら良いでしょうか?」と、質問する内容自体を聞いてみるのもよいでしょう。
結局のところ、質問をするのも相手の話をきくことと同じく、相手と信頼関係を築くためのものです。
「相手に敬意を払う」こと、このことだけを抑えれば大丈夫です。
<相手が言ったことを違う言葉で言い換えよう>
相手に敬意を払うという気持ちを持てば、質問の内容はそれほど問題となりませんが、それでも質問の仕方が分からないという方は、相手が言ったことを、言い換えて質問をしてみることが効果的です。
相手が言った言葉を、同じ内容で言い換えて「~なんですね?」と聞き返すと、相手は自分のことをわかってくれていると感じ、もっと話をしたいと思ってくれます。心理学でいうところのミラーリングというものの一種です。
同じことは、相手のしぐさを真似することでも効果を発揮します。人は、日ごろから、無意識に、話し方や顔の表情、相手の癖などをさりげなく真似をしています。スタンフォード大学とノースウエスタン大学の交渉学の教授らによって書かれた「GETTING(MORE OF) WHAT YOU WANT」では、人は無意識のうちに自分にとって重要な人の真似をする傾向がより強くなるとの研究結果があるそうです。ただし、真似が相手との信頼構築にうまく機能するのは、「少し遅れて」真似をすること、たとえば相手が椅子の上で姿勢を正したら、少し時間を置いた後に同じように姿勢を正したり、相手が足を組んだら、少し待ってから同じように足を組むことが効果的だそうです。
<「一緒に~」と口に出す>
だれでも、自分の仲間を犠牲にして、自分だけ利益を得ることは避けたいと感じます。人は本能的に人とつながっていたいという帰属意識をもっているので、交渉の当事者同士がお互いに交渉の解決に向けた仲間であると認め合うことが、お互いに敬意を払うことに繋がります。
そこで、仲間意識を明確にするために、「一緒に」と口に出して言いましょう。
スタンフォード大学のプリヤン・カー氏とグレッグ・ウォルトン氏の研究によると、「一緒に」という言葉自体が、仲間意識を感じさせる報酬のように脳に作用するそうです。「一緒に」と言葉にだして伝えるだけで、帰属や絆の感覚を双方にもたらし、ひとつの解決にむけて取り組むことができるとされています。
「お互いの問題を、一緒に解決するために、あなたの考えを教えていただけませんか」。この言葉を上手に使ってください。
<わからないことは率直に聞く~嘘やごまかしへの対処法>
だれもが正直でありたいと思っていますが、交渉の場面では、自分が劣勢に立たされるようなナイーブな質問をされまいとしてがっちりガードを固めてしまいがちです。
つまり、ナイーブな事実に関する質問をされないように会話を誘導し、自発的に話さなくてよいようにしがちです。これは「不作為の嘘」ということもできるかもしれません。
たとえば、あなたが部屋を借りる際、仮にその部屋で以前の方が亡くなったなどの事情があれば、事故物件であることを貸主は説明しなければなりません。しかし、以前の方が「幽霊が見える」という理由で退去したような場合には、そのことを説明する法的義務まではありません。もちろん、あなたとしてはその情報を聞いたうえで借りるかどうか判断したいでしょうし、私ならそんな部屋を借りたいとは思いません。説明する法的義務はないとしても説明しないことは倫理に反するとはいえそうです。
しかし貸主としては、この話題を避けて通ることさえできれば、家賃を減額せずに貸せますし、「聞いたら気味が悪くなるけれど、気持ちの問題で部屋は変わらないのだからむしろ知らないことで快適に住めるだろう」と自分を正当化しているかもしれません。それに、「聞かれれば説明していましたよ」と言い張るかもしれません。
このようにナイーブな質問については、相手はあえて聞かれないようにして話さないという戦略をとる可能性があります。交渉の研究者のモーリス・シュウェイツァーとレイチェル・クロソンの調査によると、交渉の場で自分の立場を弱める情報に関して、交渉者の61%は「尋ねられたら正直に話すが、聞かれない限りは打ち明けない」と答えたそうです(なお、この調査では39%はこの場合聞かれても嘘をつくと答えたそうです)。
このことから分かるのは、ナイーブな質問については、遠慮することなく聞く必要があるということです。
自分の弱みを出したくないということも本能に根差すものですので、このような相手を責めることはできません。質問をするあなたが、あらかじめ何を聞くのかを十分に準備し、相手が話してくれたことが事実に矛盾していないか、聞き漏らしがないか、なにかごまかされたり流されたりしたことはないかなど、慎重に吟味する必要があります。「不作為の嘘」は相手ではなくあなたの注意不足と考えるべきなのです。
<回答をどこまで信用するか>
どんな交渉でも最大の課題となるのが、入手した情報の信ぴょう性をどのように評価するかということです。
相手を疑ってかかれというつもりはありませんが、あなたの質問に対する相手の回答が、すべて真実かどうかはわかりません。相手の言うことを100%信用したばかりに、あなたが不利益を被るということは避けなければなりません。
どうすればよいか。
たとえば、中古自動車の売買について、売主が、「80万円以上は絶対に下げられません。これ以下であれば売れません」と言ってきた場合はどうでしょうか?
親族や知人であればともかく、ビジネスであれば売主としては経済的な利益を最大限に求めているので、自ら本当の限界を言う必要はありません。これはバトナを開示することになるからです。
言う必要がないことを言っている以上、80万円という金額が本当に限界とは考えられません。少なくとも買主からみれば、信じるに値する情報とは思えません。売主も、買主が本当に信じるとまでは思っていないと考えることが合理的です。
他方で、交渉の目標については、嘘を言っても意味がないので、信ぴょう性は高いと考えられます。
そうすると、回答が信用できるかどうかは、嘘をつきやすい質問かどうかということしだいということになります。
そのため、質問は、いきなり相手が答えにくい質問(つまりあなたが同じ質問をされたときに答えにくいと思う質問)をするのではなく、相手が答えやすい小さな質問から連続して聞くことが効果的です。
また、事前にあなたが準備して予測した情報と、相手が回答している情報を照らし合わせて、相手が誠実に答えてくれているかを確認していくことも大事です。
相手を常に疑えとまで言うつもりはありません。ただし、質問とそれに対する相手の反応が、事前の予測と一致しているかどうかは常に注意してください。あなたが、質問と相手の回答に注意を払うことは、相手に敬意を払うこととは何も矛盾しません。
<今回の相談>
さて、冒頭の相談ですが、彼女はスマホゲーム中毒の彼氏に困っています。彼女の彼に対する交渉の目標はなんでしょう。スマホゲーム自体に不満があるというより、それで会話がなくなり、仕事もしていないということが問題だと考えれば、「スマホゲームはほどほどに、会話の際にはスマホを置いて、仕事もきちんとしてもらう」ということだと思われます。
では、彼の考えはどんなものでしょうか。彼の話を聞こうにも、彼はスマホに夢中でこちらが話しかけても上の空です。そんな彼にどんな質問を投げかければ話をしてくれるでしょうか。
彼がスマホに夢中になるのはなぜなのでしょうか。面白いからでしょうか。他にやりたいことがないからでしょうか。できることがないからでしょうか。彼の自尊心を傷つけず、敬意を払って聞かなければなりません。彼女は彼のことを理解したいという気持ちをうまく彼に伝えなければなりません。たとえば次のような質問はどうでしょう。
「私はあなたのことを理解したいと思っているの。あなたも同じように思ってくれていると思う。でもあなたはいつもゲームばかりしていて、私のことを見てくれていないと私は感じているの。それがとても悲しいのよ。あなたはこのことについてどう思っているのかな。どうしたら、この問題を一緒に解決できるのか、あなたの考えを聞かせてほしい」
もちろん、これだけですぐに彼がスマホを置いてしゃべってくれるかどうかはわかりません。沈黙が続くかもしれません。でも、これまでとは違い、あなたの彼を思いやる気持ちは伝わっているはずです。
続けて、「あなたが話してくれないから、私はあなたのことが理解したいのに理解できないでいるの。スマホゲームが嫌なんじゃなくて、あなたの考えが分からないのが嫌なの。今後、ふたりがどうしていくべきか、一緒に考えたいの。どうすればいいと思う?」と聞きましょう。ここまで聞けば、彼も自分の考えを言うかもしれません。
注意したいのは、ここで彼が何か失礼なことを言ったり、怒ったりしても、それに感情的になってはいけません。彼がそのような態度をとっている間にも、彼の心の中で葛藤が続いています。あなたは、彼が言ったことを、「あなたは~だと感じているのね。それはわかったわ。それでふたりが今後どうしていくべきか、一緒に考えたいの。どうすればいいかな?」と同じことを繰り返しましょう。
彼の考えが分かってくれば、2人が今後どうしていくべきかの話し合いも進むのではないでしょうか。
それではまた次回。更新は毎週火曜日です。相談も引き続き募集しています。
Illust by Krysthopher Woods
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