第34話 女性と男性で交渉に違いはあるの?

男性の上司


今日の相談は、男性と女性でどこまで違った対応をするべきかという問題です。センシティブな相談なので、人によっても意見が分かれるところですが、さてどうでしょうか。

 

私は大手コンサルティング会社の人事部長です。弊社もグローバル企業として女性キャリアの育成に積極的に力をいれています。ただ、女性社員は総じて男性社員よりも自信がなく、厳しいことを言いにくいということです。会議の場でも男性社員と比較して女性社員の発言は少ないですし、ミスをしたときに厳しいことをいうとやめてしまうため、指導もしにくいです。女性社員にはあまり厳しくせずに基本的には褒めるようにと各部署の管理職に指示しているのですが、これが男性管理職から逆に不公平だと言われて困っています。

今日もこれから、ひとりの女性社員とキャリアについて面接があるのですが、交渉する際にとくに何を注意すればよいのでしょうか?

 

 

これまでのおさらい


まずは、与えあう交渉のこれまでのおさらいです。もう知っているという方は読み飛ばしてくださいね。

交渉は基本的には3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という順番で進めていきます。

①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの、叶えたい状況」のことです。何のために交渉をしているのかがわからないと、意味のない交渉を続けてしまうことになります。交渉の迷路に迷い込まないように、ゴールを設定しておくことが大事です。目標は具体的であればあるほど望ましいです。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2つだけです。相手の話を聞くだけというと、簡単そうにも思えますが、実際には人の話を聞くことはそんな簡単なことではありません。人の話を聞いていると思っている人ほど、実は全く聞けていません。ついつい遮ってしまいがちです。忍耐力がいるものだと理解したうえで、交渉の時間の8割以上は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。たとえ生理的に嫌いな人でも、礼儀として敬意を払うことはできるはずです。感情的になるのは仕方ありません。感情が交渉の邪魔をすることもありますが、交渉前から感情的になっている方には、その感情をネガティブに受け取らずに認めてあげて、根気強く話を進めていく必要があります。交渉中は一番感情的になりやすく、開始時の不安から始まり、怒りや高揚感などを経て、失望や悲しみや後悔あるいは幸福感などが生じます。これらのうちネガティブなものは事前に準備をすることで防ぐことができます。ネガティブな感情は準備をすることで防ぎ、相手にはポジティブな感情を抱いてもらうようにしましょう。

感情についても言えますが、人は一人ひとり考え方や、物事の見かたが違います。見たいものしか見えない盲点もありますし、過去のことに囚われて抜け出せないこともあります。目立つ情報にすぐに飛びつくバイアスや、自己中心主義や自信過剰のバイアスもあります。言い方(フレーミング)によるバイアス、同じモノでも自分のモノだと特に高い価値を感じるバイアス、そして最初に提示された条件から逃れられなくなるバイアス(アンカリング)もあります。人である以上、そのことを責めることはできません。ただ、あなたが相手のこと、また自分のことを知るうえで、バイアスの影響は避けることができません。

交渉では嘘やごまかしもつきものですし、つきたくなるバイアスがあります。どうすれば相手の嘘やごまかしを防ぐことが出来るのか、どうやって見分けるのか、嘘やごまかしと見破ったとしてどうすればよいか、自分が嘘やごまかしをしたいと思ったときどうするかなど、いろいろな場面があります。嘘やごまかしは自分や相手の勘違いの場合もありますので、まず立ち止まって、意図的なものなのか改めて検証しましょう。それでも嘘をつかれればそれをうまく指摘する必要があります。ただあなたがごまかしたいと思うときはたいてい準備が足りないだけですし、ごまかしにメリットはないのでやめましょう。

またそもそも、誰と交渉するかということも大事です。あなたの目標に意味のある人、決定権限のある人と交渉すべきですし、その人と交渉できないのであれば、間接的に影響力のある人をこちらの見方につけてその背後の人と交渉する必要があります。

③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうときに、同時に相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。「お返し」というステップを加えることで、自分だけではなく相手にも目を配ることができて、交渉が失敗することを防ぐこともできます。

「お返し」として「何を」与え合うかは、段階的に、「想像力」と「創造力」を活用して選びとります。相手に敬意を払う姿勢がこれらの力を源となりますので、敬意を払う姿勢を忘れないでください。ただ、注意しないといけないのは、「お返し」として金銭的なものを選ぶのは逆効果になることがあるということです。「お返し」に何が効果的かは相手との距離感によります。

お返しを「どう」与えあうか、与えあう方法として、まだ好意的な関係が築けていない場合、論理的な交渉、つまり、①合理的な理由や根拠と、②交渉の目標との間の因果関係があることが有効です。根拠や理由には、法律や規則だけではなく、相手自身のルール、自分ルールもこれにあたります。相手の自分ルールがわかれば相手自身で自分を説得してもらうことも可能です。そのために謝罪が必要な場面があれば、臆することなくそこまで行うことも必要です。

与え合う際には、あなたの中での公正さと目標達成のためのずる賢さが対立するかもしれません。何が公正かは人によって違います。悩んだときは、そもそもあなたがどんな人間でありたいかということに立ち返ると答えが出るでしょう。

与え合うことの難しさから、理想論だとあきらめそうになりますが、奪い合いよりも与えあうほうがあなたの交渉の成功率は高まりますので不安になる必要はありません。

ついつい、自分と相手の「間を取ろう」と思い、「落としどころ」を作ってそのために無理な条件から始めることもありがちですが、自分の目標と違う結果を目指すと、なぜそうしたいのか相手に説明できず、かえって交渉が難航しますし、意味のない交渉をしてしまいがちです。自分の目標に集中して相手と与えあうということを愚直に求める姿勢が大事です。

 

今回は、相手をハッピーにするためのお返しが、男女によって違いがあるのか、交渉の姿勢を男女で分けて考えるべきなのかについて、考えてみましょう。

 

 

ステレオタイプな見方


なぜか、一般的に女性は交渉下手だと言われがちです。女性は自信がない、リスクをすぐに回避しようとして強気に勝負に出られない、感情的になりやすい、といったことがよく聞かれます。

男性と女性の違いについて説明された本はたくさんあり、男性と女性の違いについては数えきれないくらいの研究もされています。左脳と右脳の違いなど、いかにも科学的に説明されているものもあります。

男女で違う面はもちろんありますが、交渉に限定した場合、結論から言うと、男女に本質的に交渉能力の違いはありません。男女の交渉能力について研究したいくつもの結果が、男女の違いそれ自体で交渉能力には違いはないことが実証されています。

それにもかかわらず、なぜ、ここまで男女で交渉能力に違いがあるといわれるのでしょうか。

 

 

原因のほとんどは男女差をとりまく環境にある


現実に、女性ほうが男性よりも交渉が下手な場合があります。しかし、これは、男性がそもそも交渉能力が高いということではなく、男性のほうが女性よりも交渉をする経験を多く積むことができるというだけです。ビジネスの交渉場面で、上司が部下に交渉事を任せる際、多くは女性ではなく男性を責任者に据えます。これは、上司が、男性のほうが交渉が強いというバイアスがあるためです。

バイアスについては、逃れることが出来ないということを以前に説明しました。このバイアスが、女性の交渉の経験の機会を少なくさせ、男女差を広げているということがいえます。

ビジネスの場面では、男性が気が付かない女性に対するバイアスが数多くあることが多数の研究で報告されています。たとえば、女性は、男性に比べて、様々なチャンスを受けることができるネットワークに組み込まれにくいため、出世のチャンスが男性よりも少ないそうです。女性のキャリアが少ないのは、女性がキャリアに興味がないからではなく、男性よりもその機会がないからなのです。

 

第15話 バイアスに立ち向かう~目立つ情報に飛びつかずにはいられないサガ、そして「アキレスと亀はどちらが早いか」を巡る情報操作からの解放~

 

 

女性と男性で交渉力に違いがないということは何を意味するか?


誤解しないで欲しいのですが、このブログで、女性の地位向上を訴えたいわけではありません。

私がここで伝えたいのは、女性と男性で本質的に交渉力に違いがないのであれば、あなたの性別にかかわらず、あなたが女性と交渉するときには、「女性だからきっとこうだろう」というバイアスに陥らないように注意して、フラットな視点で交渉をする必要があるということです。そうしないと、交渉はうまくいきません。

「男性だから」、「女性だから」ではなく、目の前の相手がひとりの人として、何を考え、何をもっていて、何を欲しているのかを十分に聞いて、お互いに与えあう交渉をする必要があるということです。

あなたの交渉がうまくいき、あなたがハッピーになるために、「女性だから」というバイアスにかからないように注意しましょう。

 

 

そうはいっても違いはあるのでは?


夫や妻の「取扱説明書」など、男女の違いに着目した情報は山ほどあります。これだけ言われているのですから、男女であることによる考え方の違いはあるのは間違いないでしょう。私も、環境が一緒なら男女で全く違いがないと言うのは嘘だろうとおもいます。

ですが、最初に説明したように、違いが出ていることのほとんどは、これまでの環境によるもので、しかもほとんどはただのバイアス、思い込みです。

人の違いは性別だけではありません。国籍、年齢、職業、性格など、人には違いはいくらでもあります。女性は確かに男性と違うかもしれないけれど、なぜあなたの目の前にいる女性は、あなたがよく知る男性の交渉者と違うのか、よく話を聞いてみましょう。交渉は、人がみんな違うからこそ、それぞれ重要と思うものやことも違うため、交換し合えてうまくいくのです。それをただの性別の違いにまとめてしまうと交渉はうまくいきません。ただ、それだけの話です。

 

ちなみに、男女差をなくそうという運動も、それが行き過ぎると、本来的に男女による差ではないものについてまで、男女差があると決めつけ、それを正そうと過激な方向に向いてしまいます。これもまた、違った意味での、新しいバイアスだと思います。逆差別にならないように、メガネが曇っていないか、いつも気を付けなければなりませんね。

 

 

今日の相談の回答


さて今日の相談です。相談者の人事部長さんをAさんとします。女性社員をBさんとしましょう。Aさんの交渉の目標は、この後のBさんとのキャリア面談でうまく交渉すること、男性社員と同じようにうまく協議できるようにすること、というところでしょうか。

Aさんとしては、Bさんから話をよく聞いて、その女性社員の交渉の目標を理解しなければなりません。ここで、気になるのが、Aさんが、目の前の交渉相手であるBさんではなく、「女性社員は総じて男性社員よりも自信がなく、厳しいことを言いにくい」という印象をもって交渉しようとしているところです。Bさんとの間で具体的にそういったエピソードがあったのであればともかく、そうではなく本当にただの一般論であれば、これは真実とは異なるバイアス、思い込みである可能性が極めて高いです。

そもそも、女性が会議で発言できない理由の多くは、女性が発言しても、男性が同じ意見を言うまで無視されるか、小さな不備を指摘されることが多い、つまり女性は男性よりも誤りを責められやすいという負の環境が存在するからだという研究報告もあります。女性は男性よりも高解像度の顕微鏡下で働いているようなもので、その失敗やミスは厳しくチェックされる傾向にあるのだそうです。厳しく指導すると辞めやすいということも、上司は男性に比べて女性の部下には普段の仕事であまり良い面・悪い面両方のフィードバックを伝えないため、女性の部下としては、あるとき急に言われる厳しい指導が、自分の評価全てのように感じてしまうからだと言われています。

Aさんとしても、社内でそういった男性と女性との間に環境の違いがあるのではないかと一度疑ってみたうえで、Aさんの印象が間違っている可能性も認識したうえで、バイアスを極力排除して臨むことが大事でしょう。

そうすれば、女性であろうが男性であろうが、うまく交渉ができると思います。

 

今日はここまで。火曜日更新でお届けしています。コメントもよろしくお願いします。

photo by Mike Gifford

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コメント

    • チビ
    • 2019年 7月 23日

    今は色んな職場で女性が活躍しています。工事現場、宅配、タクシーなどのドライバーまだ若いのに部長や専務の役職についている人もいます。今回の相談者は女性に対して偏見を持っているように思います。追い込まれたら、女は強いですよ。

      • 中嶋俊明
      • 2019年 7月 25日

      >チビさん
      いつもコメントありがとうございます。確かに、意思の力は男性よりも女性のほうが強いと感じることが度々あります!
      これもバイアスですかね?(^^;

    • 平安京
    • 2019年 7月 24日

    相手に対してバイアスを抱いていないかを自問しながら生きないといけませんね。

      • 中嶋俊明
      • 2019年 7月 25日

      >平安京さん
      相手のことを尊重して、ひとりの人として接すれば、バイアスにも負けないのですが、なかなか難しいですね。

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