第8話 交渉「前」にもっている相手の感情に配慮しよう

<妻からの一言>

今日の相談は、奥さまから感情的な言葉を浴びてしまい、離婚まで考えてしまっているご主人からの相談です。そこまで考えて言ったわけではない奥さまと、その言葉に傷ついたというご主人、ただの喧嘩では済まなそうです。

 

私は42歳の会社員(年収500万円弱)で、小さな会社ですが一応管理職に就いています。家族はパート勤めの妻と幼稚園の娘が一人です。管理職になってから朝がゆっくりですので娘は毎朝私が送っていますし、平日に休みをもらって家の用事や娘の世話をすることもあります。

先日、平日の休日に、いつものように娘を幼稚園に連れていく準備をしながら、「仕事が溜まっているからちょっと職場に行ってこようかな」と言いました。すると、妻から怒ったような口調で「給料安いのにそんなに働いてどうすんのよ!家の用事もたまってるのよ!」と言われました。妻のその言葉に、プライドがズタズタにされて怒りよりもショックでした。私は高卒ですし小さな会社ですが、それなりのポジションで頑張っています。妻の言葉が頭から離れず、家事をしながらも、ただただ悲しく離婚の2文字までも横切りました。このさき、妻とどうやっていけばよいのか自信がありません。

 

奥さまの感情的な言い方に、ご主人は傷ついているようですが、なぜこういったことが起こってしまったのでしょうか。ご主人はどうすればよいのでしょう。

このような感情論について、「与え合う」交渉術ではどのように対応できるでしょうか。

 

<おさらい>

毎回のおさらいですが、交渉するためには3つのステップを踏まなければいけません。

①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という点です。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。自分の目標を先に決めておかないと、何のために交渉しているのか分からなくなってしまい、意味のない約束や合意をしてしまいかねません。交渉のゴール地点に旗を立てる必要があります。自分自身に問いかけて、本当の自分のニーズを見つけましょう。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを理解しなければなりません。

そのためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をすることが必要です。

(ⅰ)相手の話をよく聞くためには、とにかく相手がすべてを話し終わるまで、じっと待つ必要があります。相手のテープがすべて回り終るまで、聞き続けましょう。

また、(ⅱ)相手に対する質問は、常に敬意を払って、相手のことを理解したいという気持ちをもって行う必要があります。誠意ある姿勢で、ときには相手の言うことを繰り返し、「一緒に」という言葉も織り交ぜながら、段階的に、率直に問いかけることが大事です。

 

<感情的な態度を責めない>

ところが、交渉における多くのケース、とくに人間関係における交渉では、相手が感情的なため、そもそも交渉に入ることができず、相手と話ができないということも少なくありません。これでは②相手が何を考えているのかを,知ることができなくなります。

こういった感情的な態度に対して、どのようにして対応すべきなのでしょうか。

そもそも、難しい話し合いとは、本質的には感情をめぐるものですので、感情抜きに会話をすることはできません。感情があるからこそ、人は他者とかかわりをもとうとしますし、誠実に接しようとします。感情があるからこそ、お互いに分け合うことも可能となるのです。

その意味では、感情は大事にしなければなりません。お互いが、互いに感情を認め合うことで、初めて事態の収束の途が開けるといえます。

感情的になったからといって、そのことを責めてはいけません。良い人でも悪い感情は抱きます。それが自然なのです。責めれば、さらに感情の渦に巻き込まれるだけです。

相手を責めない

<相手の「感情」を認めることで「感情的」状態から抜け出す>

とはいえ、ネガティブな感情に支配されている人(=感情的な人)を前にしているだけでは話は進みません。

「感情的」な状態では、自分の気持ちに流されて聞く耳を持たなくなります。合理的な行動ができなくなり結果も予測できず、情報処理能力も損なってしまい、与える交渉術のカギである創造的な選択ができなくなってしまいます。そのままでは自分に不利なことをしがちです。お互いにとってあまり良い状態ではありません。

したがって、「感情」自体は認めながらも、「感情的」な状態からは、抜け出してもらう必要があります。

そのためにはどうすればよいか?

人が交渉の場面でネガティブな感情に支配されてしまう理由の多くは、自尊心が傷つけられたと感じたことで、傷つけられた自尊心を守ろうと防御反応が働くからです。傷つけられた自尊心を回復するためには、その人の感情を認める以外にありません。言い換えると、相手がそのような感情を抱いたというその事実を、あるがまま受け入れようということです。

これは、相手の言い分を認めることとは全く違います。相手の言い分や感情に対する評価は置いて、「そういう感情を抱いていること」自体を認めるということです。あなた自身がその感情とは違った感情を抱いていても全くかまいません。人それぞれ感じ方は違いますから。ただ、だからこそ、相手がそういった感情を抱いていることは、相手にとっては自然であるということです。相手に敬意を払うということが交渉の際には常に必要ですが、感情的な人を前にしたとき、相手に敬意を払うこと=相手の感情を認めることが大事だということです。

相手が感情的になってしまったとき、たとえば、

「あなたがお怒りになられていることは私にも十分伝っています。あなたのお立場に立てば、そのようにお怒りになられることは自然でしょうし、そのことに反論するつもりも全くありません。」と伝えてみましょう。相手の感情を認めましょう。

そのうえで、「それはそれとして、今回のお互いの問題の解決にむけて、一緒にご協力を頂けないでしょうか?」と水を向けてみてはいかがでしょうか。

感情的な状態にある人を、話ができる状態に戻すのは、容易なことではありません。ただ、感情を認めて理解し、共感の態度を示して、そのうえで目標を叶えるためにどうすればよいか、根気強く話をすすめていくしかありません。

なお、感情にも不安感、怒り、失望、後悔などネガティブな感情もあれば、幸福感や高揚感などのポジティブな感情もあります。

これらのどの感情かを読み取って適切に対応しなければなりませんが、重要な点はやはり相手に敬意を払って対応するということにつきます。敬意を払った態度であれば相手の感情も否定しないでしょうし、その敬意を払った態度自体が相手の感情を鎮める効果もあるからです。

感情を認める

<今回の相談> 

さて、相談者をAさんと呼びましょう。Aさんは奥様の発言にショックを受け、離婚まで考えているようです。Aさんの奥様に対する交渉の目標は、「頭ごなしに否定するようなことをやめてもらう」といったところでしょうか。

では、奥さまは何を考えているのでしょうか。奥さまは感情的にAさんに言い返していますが、なぜでしょうか。

まず、奥さまから話を聞きましょう。奥さまは「話すことはない」など感情的になって話をしてくれない可能性もあります。しかし、Aさんとしては、奥さまに対して言い返してはいけません。奥さまに、なぜ今朝のような発言をしたのか、率直に真意を聞いてみましょう。そうすると、奥さまはAさんの日頃の行動について、溜まっていた不満を漏らし始めるかもしれません。Aさんとしては、娘を朝送ることで育児を手伝っているつもりでしたが、奥さまはもっと家事や育児を手伝ってほしい、仕事だけではなく家庭もきちんと見てほしいといった思いがあったのかもしれません。まずは、奥さまの話を遮らずに聞きましょう。奥さまの話をきき、「キミが怒っているのはよくわかった。そこは僕は理解が足りなかったよ。」と伝えましょう。

もちろん、あなたが奥さまの発言によって「傷ついた」ことも率直に伝えましょう。ただ、注意しなければいけないのは、奥さまの今朝の発言を責めてはいけません。ただ、傷ついたことを伝えたうえで、 「お互いさま」ということを出発点に、今後どうしていくべきか二人で考えていくしかありません。

Aさんは気弱でそこまで奥さまに伝えることは難しいかもしれません。ですが、ここは勇気を振り絞るべきです。Aさんが気弱で普段そういったことを離さないことが、今回の件を引き起こしているかもしれませんし、そうでなくても、気弱なAさんがそこまで言えば、奥さまにはより真剣に伝わるはずです。

奥さまから、さらに感情的な言葉をぶつけられる可能性もあります。ですが、感情的な言葉の裏に真意があります。責めるのではなく、理解していることを伝え、なぜ感情的になっているのか、話を深めるチャンスでもあります。

簡単なことではありませんが、あなたが真摯に奥さまの話をきけば、必ず解決の道は開けます。お互いにとって何が大事かを出しあって、解決案を一緒に考えていきましょう。

 

次回は、感情ごとにもう少し詳しく考えてみたいと思います。

それではまた。更新は毎週火曜日です。ご相談も引き続き募集しています。

Illust by  Monica Blatton

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