第14話 バイアスに立ち向かう~思い込みからくる交渉の「盲点」、あるいは情報の格差による「勝者の呪い」からの解放~

今回の質問


今回も前回と同様、私からあなたへの質問です。これもまた交渉の世界で有名な、企業買収のパラドクスの問題です。バイアスに引っかからなければよいのですが…。

あなたはA社(買収側)の代表者です。A社はT社(被買収側)の株式を買い取って傘下にいれようと考えています。あなたはT社と交渉していますが、買取価格をいくらにするかについて、T社が会社生命を賭けて現在進めている油田開発プロジェクトが、あなたの判断を迷わせています。もしこのプロジェクトが失敗すれば、現経営陣のもとでT社の価値はなくなります(株価0円)。しかし、成功すれば一株当たり1万円相当になります。だから株価は0円から1万円の間で可能性は均等に存在すると考えられます。

状況としては、T社はA社の買収により傘下に入ることで、株価は50%上がりますが、プロジェクトが失敗に終わればいずれにしてもT社の株価は0円になります。たとえば、プロジェクトにより株価が5000円になるのであれば、A社が買収すれば株価は7500円になりますし、株価が1万円のときに買収すれば1万5000円になります。

あなたがT社から示された条件は、買取価格の提示はプロジェクトの結果がわかる前に行うこと、T社の返答はプロジェクトの結果判明後に行うということです。その代わり、T社としても返答前に他社と交渉することはありません。また、T社としては、現経営陣のもとにある会社の一株当たりの価値よりあなたの提示が高ければ、どんな価格で必ず受け入れます。

あなたは、一株0円から1万5000円までの範囲の、いくらで価格を提示すべきでしょうか?

 

おさらい


まずはこれまでのおさらいです。交渉するためには3つのステップを踏まなければいけません。

①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という点です。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。自分が何のために交渉するのかを明確にして、その交渉目標を意識して交渉を進めていく必要があります。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを理解しなければなりません。交渉は相手に受け入れてもらって初めて成立するからです。相手を理解するためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2つが重要です。全体のうち8割は相手の話を聞くことに集中しましょう。話を聞くときにも質問をするときにも、常に敬意を払い、いたずらに感情を刺激するようなことをしてはいけません。感情は交渉には常につきものですし、感情を抜きに交渉をすることは不可能ですが、感情を適切にコントロールすることはできます。うまく感情と付き合いながら交渉するという姿勢が大事です。

感情のほかにも相手との話の際に気を付けたいのは、思い込みや偏見、いわゆるバイアスです。全くフラットな考え方の人はいませんので、人それぞれの考え方にも注意をしたいところです。前回に一緒に考えた過去に囚われることもその典型例です。今回も、引き続き思い込みについて深めていきたいと思います。

 

相手の情報が盲点となるとき~勝者の呪い


交渉を行うとき、自分の要求内容が受け入れられることの裏の意味を認識しないまま、交渉をしてオファーをだしていることが良くあります。

たとえば、あなたが東南アジアの観光地に旅行に行ったとしましょう。現地のマーケットで、とても魅力的な刺繍の服を見つけました。あなたは服には多少は詳しいですが、専門的なことはわかりません。あなたはお店の人に金額を聞くと、案の定、観光者価格と思われる高い金額を言われました。そこであなたは、ここぞと思う価格で値切ってみました。すると、相手はすんなり了承し、その素敵な刺繍の服はあなたのものになりました。さて、あなたはどう感じますか?

ほとんどの人は、心地よくは感じないと思います。「もしかしたら、もっと安く買えたのではないか。」と、後悔の気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。このように、相手が自分より多くの情報をもっていること(相手の情報の優位性)を考慮しなかったことによって、本来の価値以上の価格を支払ってしまう状況を、俗に「勝者の呪い」と呼びます。

このような現象は、あなたが交渉をする際に、相手が持っている情報が、自分が持っている情報と同じだと思い込んでしまうことによって起きます。相手のことを知ったつもりになることはとても危険なことです。人は一人ひとり違うということを十分に理解して、常に相手は自分の知らない情報をもっていると認識して、交渉に挑むようにしましょう。

先ほどの例であれば、お店の人は、当然、その服の原価や現地での販売価格を知っていますが、あなたはそれを知らないという点で、大きな情報格差があります。そのような情報格差をどう埋めるかという点も重要ですが、そもそもそのような情報格差があるということ自体を意識したうえで、交渉をすることが大事だということです。そもそもそのような情報格差があるということを理解していれば、仮にこちらのオファーがすぐに受け入れられたとしても、何も意識せずに交渉した場合と比較して、後悔の気持ちは少なくなるものです。勝者の呪いは、相手の考えが分からないから起きるのではなく、相手の情報の優位性を考慮していないから起きるということです。

情報格差は常にあります

交渉は相手次第だということを理解する


交渉は、それぞれが重要と思うものを与え合うことが大事だと説明してきました。これはつまり、相手は、自分にとって価値があるという条件でしか合意を受け入れないということです。

人は、意思決定の際に、大切な事実を無視しがちです。それは、どんな結果も相手側の受け入れ次第だということ、そしてその受け入れは、オファーを出している側にとってもっとも好ましくないところで生じる可能性が高いということです。さきほどの例でも、あなたがオファーを出した金額は、実は相場よりも非常に高くあなたにとっては好ましくない価格だったからこそ、お店は受け入れたと考えられます。

だからこそ、お互いの情報を十分に知ることがとても重要であり、相手の受入条件がこちらにとっても好ましいといえる条件を、あなたが、積極的に見つけていく必要があるということです。

相手のことを知ることが交渉では非常に重要なのは、こういった情報の格差をできるだけ少なくして、一方だけが得をするといった状況から脱出するためです。

相手が受け入れなければ意味がない

相手以外の情報が盲点となるとき


相手が持っている情報が、自分が持っている情報と同じだと思い込んでしまうことの危険性を考えてきましたが、相手以外に第三者はいないと思い込んでしまい、第三者の存在が盲点となってしまうこともあります。

前回のブログで、マイルプログラムを最初に開発した航空会社は、顧客を獲得するためにどれくらいの付与率にするかなど、いわば顧客を交渉の相手方としてマイルプログラムを開発していますが、マイルプログラムを開始することで、他社がどのような行動をするかという、第三者に対する影響力を考慮する視点が抜けていました。後から考えると、他社も同じサービスを展開することは容易に想像がつくのに、なぜそんな単純なことが分からなかったんだろうと不思議に思えますが、バイアスというのはそれほど強力なものだということです。

交渉を行う際には、いま行っている交渉が、周囲にどのような影響を及ぼすかを十分検討し、情報を収集していくようにしましょう。

登場人物は相手だけではありません

盲点をなくす方法


交渉の際に起きるその他の盲点としては、交渉相手の手強さを見落としてしまい、あなたにとって容易い問題は、相手にとっても容易いという事実を見逃してしまうというものがあります。

人には必ず盲点があります。注意していない事柄については、視界に入っていても気が付きません。弁護士として目撃証人の尋問をすることはありますが、思い込みにより、ある女性を見たという証言について、その服装がパンツスタイルであったにもかかわらず、女性という点から、スカートだったと思い込みで記憶を作ってしまうケースもありました。

目に入っているにもかかわらず、盲点になり気がつかないこともあるくらいですから、ある交渉をする上でも、自分にとってそれほど重要ではないと思っている情報は、もっと簡単に見逃してしまうことは想像に難くありません。

このような盲点をできるだけなくす方法としては、このような盲点が発生してしまうということを理解して、十分に注意するということに尽きます。そのためには、一息いれて落ち着くということも大事です。

ついつい、急いで交渉を進めてしまいがちですが、それはもしかしたら相手の策略かもしれません。十分に落ち着いて、情報をできる限り集めて、その一つひとつをしっかりと吟味すること、他に何か確認していないことはないかと立ち止まり、慎重に対応すること、当たり前のことを、当たり前に淡々と行う忍耐強さが、交渉力を強くするということです。せっかちに事を進めるのではなく、全体のうち相手の話を聞くことに8割を割く気持ちで、じっくりと相手と向き合うことが重要です。

また、サンクコストのバイアスの解消法でも説明したように、自分以外の目を通して考えてみることも有効です。視野を広くもって、あらゆる可能性と情報に触れることを心がけましょう。できることなら、いったん交渉を中断して持ち帰った後、相手になりきって演じてみることで、相手の視点からあなたを見てみるのもよいかもしれません。

これくらい落ち着く

今回の質問


さて、冒頭の質問に戻りましょう。あなたがわかっている情報は、現在の経営陣の下では会社の値段が0円から1万円の間で可能性は均等であること、あなたが買い取れば50%株価が伸びること、という2点だけです。

この問題では多くの方が、5000円から7000円の間の価格を提示するのが妥当と考えるそうです。「株価の可能性は0円から1万円の間で均等ということは、平均でみると、T社は買収される側にとっては5000円、買収する側にとっては7500円の価値がある、だからこの範囲であれば双方にとって利益になるだろう」という考えです。ですが、この考え方は、T社がA社と同じ情報だけを持っている場合には当てはまりますが、T社は自社のプロジェクトの結果を知ってから回答ができるという点で、情報に格差があります。この情報の格差が今回は影響しそうです。

たとえば、あなたが一株あたり6000円を提示する場合、T社はあなたの提示価格が自社の現在の価格(プロジェクト終了時の価格)よりも高ければどんな価格でも受け入れるので、株価が0円から6000円の間であれば受け入れます。0円から6000円になる可能性は等しいので、この場合平均すると3000円の価値があるということになります。そうすると、あなたの6000円の提示が受け入れられたとき、T社の株は平均して一株3000円ということになります。あなたが買い取った場合、株価は50%伸びるので、一株4500円になり、結果として、1500円の損失となります。そして、このことは、あなたがどんな価格を提示しても当てはまることになります。一般化すると、T社があなたの提案を受け入れた場合、あなたは提示した価格の25%を自動的に失うということになります。

もちろん、あなたが6000円を提示した場合に、実際の株価が4000円~6000円であれば、25%伸びた場合6000円~9000円になるので利益になりますが、実際の株価が0円~4000円(25%伸びると0円~6000円)の可能性のほうが高いので、平均すると25%の損失になるということです。

そのため、この質問に対する回答は、「0円で提案する」というのが正しい回答になります。

T社がプロジェクトの結果を知ってから回答できるということは、自社にとって実際に利益が確定的にでる場合にしか受け入れず、そのようなT社が受け入れる場合を合理的に想定すると、あなたに損になる可能性が高い場合だけということです。相手の情報の優位性を甘く見てはいけません。今回も、一息入れて相手が出している条件にはどんな意味があるのか、落ち着いて考えてみればわかるはずです。

人は、まるで相手方が不動だ、自分と変わらないと思い込んでしまい、相手の意思決定を考えることから学べるはずの貴重な情報を無視してしまう傾向があります。今回の設問では、あなたがT社の役割を社内でまるで演劇のように演じてみれば、T社がどんな場合に受け入れるのか、T社の視点を理解できたはずです。相手方の視点を理解して説明でいるようになれば、交渉もきっとうまくいくでしょう。

相手になりきって,相手の視点からみてみる

 

今日はここまで。更新は原則毎週火曜日です。相談や質問も募集しています。

illusted by Helena Perez García

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