第23話 交渉で現れる嘘とごまかし~嘘をつきたくなったとき、嘘をついてしまったとき、あなたはどうすればよいだろう?~

若気の至りのごまかし


今回のご相談は、つい自分をよくみせようとして、事実と違うことを言ってしまった方からのご相談です。これくらい許されるとは思うのですが、さてどうでしょうか。

飲み会で気の合う男性と出会いました。実は私は学生の頃に高級ブランドものの服にはまったことがあり、クレジットカードを限度額いっぱいにつかってしまい、いまもカードの残高が数社分合計で150万円くらいあります。彼はまじめな方で、経済的に厳しい家庭に育ったそうで、借金など大嫌いだそうです。私は彼に嫌われたくないと思い、つい自分から聞かれもしないのに、私は借金なんてないから安心してね、なんて言ってしまいました。先日、彼から付き合ってほしいと言われました。もちろんすぐにOKしましたが、カード債務のことがばれたらと思うと怖くてたまりません。どうすればよいでしょうか。

                                                                           

前回までのおさらい


まず前回までのおさらいからスタートです。交渉は3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という3点で確認していきます。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。何のために交渉しているのかをきちんと考えておくことで、意味のない交渉を避けることが出来ます。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2点を中心に行います。相手の話をじっくり忍耐強く聞きましょう。交渉のほとんどの情報は、ここで集まると言ってもよいくらいです。8割は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。あなたも相手も、時には感情的になるときもありますが、感情は悪いものではないので、うまく付き合いながら交渉を進めることが大事です。

交渉を行う際には、感情のほかに、その人特有のモノの見方(バイアス)を考慮する必要があります。人は複雑な生き物で、何でも合理的に冷静に考えて行動できるわけではありません。ときには、自分の身を守るために、嘘をつくこともあります。嘘やごまかしに直面した場合、そもそも嘘かどうか、意図的なのか勘違いなのかも考えなければいけないこと、きちんと準備して対応すれば大丈夫なことなどを学びました。今回は、あなた自身が嘘をついたりごまかしをしたくなったとき、またつい嘘をついてしまったときに、どうすればよいかを考えてみます。

 

嘘をつきたくなるバイアスがあることを知ろう


嘘やごまかしに、交渉の際にどのように対峙するべきか、この問題は、①相手の嘘やごまかしをどうすれば防ぐことができるか、②相手の言っていることが嘘やごまかしかどうかを、どうすれば見分けることができるのか、③相手の言っていることが嘘やごまかしだと分かったとして、どのように対応すればよいのか、④あなたが嘘をついたりごまかしたりしたいと思ったとき、実際にしてしまったときに、どのように行動すべきか、の4つの場面にわけて考えることができます。

前回までに①から③について考えてみました。今回は、④あなたが嘘をついたりごまかしたりしたいと思ったとき、実際にしてしまったときに、どのように行動すべきか、について考えてみます。

あなたが嘘をついたり、ごまかしたりしたくなったときには、なぜそういう気持ちになったのかを考えてみる必要があります。

これまで私は、交渉に嘘はつきものと説明してきました。嘘やごまかしは交渉の場面では必ずといってよいほどみられます。そのほとんどは、自分が少しでも有利な立場につきたいという思いからでるものです。

しかし、あたりまえですが、嘘をつくことはリスクがあります。もしばれてしまったら、その交渉は破談になりかねませんし、あなたの評判も傷つけてしまいます。たった一回の小さな嘘が、これまであなたが積み重ねてきた努力をすべて無駄にしてしまうかもしれません。嘘はリスクが高いのです。

ただ、それだけ言っても、嘘をつく人は後を絶ちません。みんな、嘘のリスクはわかっているのです。それでも嘘をついてしまうのは、バレないだろう、バレても何とかなるだろうという、根拠のない自信があるからです。

これは、過去のブログでも説明した人の合理的な判断を狂わせる、思い込み、バイアスです。

ですから、ここでも敢えていいます。嘘をつくことはリスクが高すぎます。そのときの交渉ではバレなくても、後々別のことがきっかけでバレることもあります。嘘をつくことは、少なくとも交渉ではやめてください。

相手は嘘をつくかもしれないのに、自分だけ正直にいるなんてバカみたいだ、自分だけバカ正直にはなれない、という思いもあるでしょう。ですが、これでは交渉で嘘と事実が入り乱れてしまいます。あなたが交渉をするのは、交渉でかなえたい目標があるからです。その目標に近づくには、あなたと相手がお互いに交換し合えるものを見つけて与えあう必要があります。そのときに嘘が混じると何を与えあうべきかわからなくなります。

あなたが嘘をつくことで、交渉は有利にはできません。それに交渉を有利にする方法はほかにいくらでもあります。どうか、嘘をつく誘惑に負けないでください。

ウソをつきたくてたまらない,そんなときもあるけど…

 

準備が足りないから嘘をつく


ついついあなたが嘘をついてしまうことの理由のひとつは、厳しい質問や予想してなかった質問を受けて、どう答えたらいいかわからなくなってしまうからです。準備しておけばよかった回答を、準備してなかったばっかりに、自分が不利になるのを恐れて嘘やごまかしをしてしまうということです。

準備が足りていないということが理由なら、その対策も簡単です。追加で準備の時間をもらえばよいのです。厳しい質問をされた場合、「そのことについては、誤解のないようにお答えしたいので、改めて回答させていただきます。」と遠慮なく言ってください。なぜこんな大事なことを検討してないんだ!とか、あるかないかなんて今この場でこたえられるでしょ!とか、相手はその場での回答を求めてくることも十分考えられます。ですが、その場ですべて答えないといけないなんて場面は実際にはありません。回答しないと言っているわけではない以上、交渉が決裂になるくらいなら相手は待ちます。

どうか臆せず、嘘をつきたい誘惑に負けず、準備の時間を追加でもらうようにしてください。

しっかりとした準備を!

 

 

うっかり嘘をついてしまったとき


そうはいっても、嘘をつきたい誘惑に勝つのは難しい。負けてしまうこともあるでしょう。うっかり嘘をついたとき、あなたはどうすべきでしょうか。

そのひとつの答えは、第20話の相談の回答に書いてあります。

これは、就活の面接の場で、本当はその会社しか受けていないのに、ほかの会社でも選考が進んでいると嘘をついてしまいます。その際のひとつのこたえが、

発想を転換して、言った嘘を現実にするということです。つまり、実際に同じ業界の会社に、いまから申し込みをするということです。もちろん、今からですから、話が進んでいるということまで言っていたとすれば、そこは間に合わないかもしれません。ですが、嘘をできるだけ現実に近づけることで、嘘を言ったことによって内定をもらえないリスクを減らすことができます。仮に嘘がばれたとしても、挽回しようとしたという姿勢自体が、好意的な評価を受け、少なくとも何もしないよりはリスクを減らすことができるということです。

嘘をついた内容を事実に近づけることが難しい場合、どうすればよいか、とても難しい問題です。交渉は誠実であるべきですが、あなたが自分の弱みを見せる必要はありませんし、みせるべきでもありません。嘘をついたことがばれていないのであれば、嘘をついた内容について、嘘ではないというかたちで相手から指摘を受ける前に修正しましょう。たとえば、あなたが会社に対して昇給の交渉をしているときに、自分の価値を少しでもよく見せようとして、他からヘッドハンティングを受けているという嘘をついてしまったとしましょう。この場合は、会社にばれる前に、「ヘッドハンティングの件は断った、会社にこのまま貢献したい思いが人一倍強い、ただそのために自分の評価をより適正にしてほしい、ただそれでも会社がわかってくれないなら、再度別の会社でやっていくことも考えたい」、というように、ヘッドハンティングの件はもうなくなったとしてこれが尾を引かないようにうまく修正できると良いです。もちろん、これもごまかしと言われてしまうかもしれません。ただ、すべてをさらけ出すことは、あなたの交渉の目標達成を遠ざけるだけで、何も意味がありません。会社としては、ヘッドハンティングの話があってもなくても、昇給について交渉がうまくいかなれば、転職されるリスクがあるという意味では、ヘッドハンティングの話の件は、交渉では大きな要素にならなくなったといえます。それが、後に嘘をついたという批判をさけるにあたって重要なのです。

嘘をついてしまうと、対応が難しくなるのは避けられないので、嘘をつきたい誘惑には負けないようにすることが一番大事です。

 

ウソをほんとにできないか,うまく訂正できないか

 

今回の相談の検討


さて、冒頭の相談に戻ります。相談者をAさんと呼びますが、Aさんは彼に好かれたいと思い、彼に聞かれもしないのに、彼が嫌いな借金が自分にはないと嘘をついてしまいました。

Aさんの交渉の目標は、彼と円満に交際をすることだと思います。カード債務のことを知られないようにするか、知られたとしてもそれで関係が悪くならないようにする必要がありそうです。

これに対し、彼の交渉の目標は何でしょうか。経済的に厳しい家庭に育ったことから借金が嫌いということであれば、彼はお金の問題に悩まされたくないということでしょう。借金を負っている人とは付き合いたくないという感情もあると思われます。

そうすると、Aさんとしては、彼と円満に交際をするためには、彼に借金があるという嘘を知られないほうが賢明です。そして、そのための方法としては、借金がないという嘘が発覚する前に、借金がないという事実自体を真実に変えるということが一番確実です。つまり、内定の事例と同じように、嘘がばれる前に、何とか完済するということです。Aさんが本気で彼と交際を続けたいのであれば、ダブルワークをするなど、努力をするほかないでしょう。

嘘を真実にできない場合、嘘ではないかたちで情報を修正するしかありません。たとえば、「そういえば、クレジットカードは使ってる?わたし借金はないけど、クレジットカードは使ってるよ。借金は嫌って言ってたから、もしクレジットカードも使うのが嫌なら私も合わせるよ。今まで使ってた分は分割でこれからも引き落とされるけど」というような説明が考えられます。

注意しないといけないのは、この説明は、一種のごまかしでしかなく、嘘をついた事実は変わっていないということです。ただ、相手の目を嘘から少しだけそらすことができれば、信頼の低下を少しは防ぐことが出来るかもしれないということです。嘘というのはそれだけリスクが高いということです。

 

今回の相談はここまで。更新は原則毎週火曜日です。相談も引き続き募集しています。下までスクロールすればコメント欄もありますので、ぜひぜひコメントお願いします!

illustration by Gilad Lotan

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コメント

    • 平安京
    • 2018年 8月 09日

    「嘘をつかないために準備の時間を追加でもらう」というところ、その通りですね。
    焦るとごまかして切り抜けようと思いがちですが、「改めてお答えします」と言う方がずっと誠実ですね。
    参考になりました!

      • 中嶋俊明
      • 2018年 8月 11日

      平安京さん
      ご感想ありがとうございます!
      先延ばしにするのは勇気がいりますが、ウソをつくよりは誠実ですよね。

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