第22話 交渉で現れる嘘とごまかし~嘘かどうかよりも嘘だと分かった後のほうが厄介であることの実例~

妻への疑い


 

今回のご相談は,一度嘘をつかれたことから,疑心暗鬼に陥ってしまい,奥様を信じられなくなった方からの相談です。

妻の行動をいつも疑ってしまいます。

1年前に、妻が高校の同窓会に参加した際に、高校時代に交際していた元彼と久しぶりに再会したノリで、そのあと二人きりで飲みに行きました。飲みに行っただけで、その後は何もなかったようですが、私に対して後ろめたかったのか、私には女友達と飲んでいると嘘の連絡をしてきました。私も特にそのことを疑ってなかったのですが、後日、妻の友達伝えで、妻が元彼と飲んでいたことが分かりました。

妻は、やましい気持ちはなかった、ただ嘘をついたことは本当に申し訳なかったと泣いて謝りました。私も妻を愛しており、泣いている妻を見てその場では許すといいました。ですが、その後は、ことあるごとに妻が嘘をついているのではないかと思ってしまうようになり、携帯を抜き打ちでチェックしたり、食事に行ったといえば、レシートを見せてもらうなど、妻の言っていることが本当かどうか確認するようになりました。そういったものを見て、妻が嘘をついていないことがわかっても、また別のことで嘘をついているのではないかと、ついつい疑ってしまいます。

こんな私の態度に、妻も先日、ついに我慢できなくなってしまいました。私のいう事には全部従って、証拠を見せて本当だとわかっても、私が疑ったことを謝らずに別のことでまた嘘だと決めつけて責めることに、もう耐えられないそうです。ですが、裏切られたのは私です。妻の対応には納得できません。どうすればよいのでしょうか。

疑心暗鬼なふたり…

 

前回までのおさらい


まず前回までのおさらいからスタートです。交渉は3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という3点で確認していきます。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。何のために交渉しているのかをしっかり決めておくことで、判断に迷わなくて済むようになります。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを探ります。相手のことが分かれば、相手とうまく与え合うことができますので、とても重要です。相手を理解するためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2点を中心に行います。相手の話をじっくり忍耐強く聞きましょう。交渉のほとんどの情報は、ここで集まると言ってもよいくらいです。8割は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。あなたも相手も、時には感情的になるときもありますが、感情は悪いものではないので、うまく付き合いながら交渉を進めることが大事です。

交渉を行う際には、感情のほかに、その人特有のモノの見方(バイアス)を考慮する必要があります。人は複雑な生き物で、何でも合理的に冷静に考えて行動できるわけではありません。ときには、自分の身を守るために、嘘をつくこともあります。今回も引き続き、交渉で嘘やごまかしに出くわした場合に、どう対処すればよいか、とくに嘘をわかってしまったあとにどうすればよいかを考えてみます。

 

 

嘘かどうかわかったら起きること


嘘やごまかしに、交渉の際にどのように対峙するべきか、この問題は、①相手の嘘やごまかしをどうすれば防ぐことができるか、②相手の言っていることが嘘やごまかしかどうかを、どうすれば見分けることが出来るのか、③相手の言っていることが嘘やごまかしだと分かったとして、どのように対応すればよいのか、④あなたが嘘をついたりごまかしたりしたいと思ったときに、どのように行動すべきか、の4つの場面にわけて考えることができます。

前回までに①と②について考えてみました。今回は、③相手の言っていることが嘘やごまかしだと分かったとして、どのように対応すればよいのか、について考えてみます。

相手が嘘をついているとわかったら何が起きるでしょうか?

まずあなたの内面でいろんな感情が湧いてきます。

怒りの気持ちでいっぱいになることもあれば、驚きや悲しみに支配されることもあるかもしれません。いろいろな感情が沸くと同時に、この感情をどう処理しようか考え悩みます。相手に対して仕返ししようと思うかもしれません。驚きや戸惑いの感情からは、このまま交渉を続けるべきか悩むでしょうし、嘘をつかれたことを自分に有利な交渉材料にしたいと思うときもあれば、嘘をやめろと相手に正面切って言いたくなることもあるでしょう。

嘘をつかれたと分かった時、あなたは様々な感情に支配されてしまいがちです。ですが、この感情のままに行動することは、必ずしも正しいとは言えません。こういうときこそ落ち着く必要があります。

なぜなら、交渉に嘘はつきものだからです。交渉の際には常に嘘がつきまとうものだとあなたは理解しなければいけません。そのうえで、その嘘によってあなたが不利にならないように、慎重に進めていく必要があります。

湧き上がる感情に身をゆだねないように

 

 

本当に嘘かどうか、いったん立ち止まる


あなたが相手の言っていることが嘘だとわかっても、相手は自分の言っていることが真実ではないとわかっていないかもしれません。つまり、意図的に嘘を言っているのではなく、ただ知らなかったか、勘違いしていただけということがあり得るということです。こういう場合、あなたが相手に嘘だと言っても、相手の頭の中では嘘ではないわけですから、対立が激化するだけでそれ以上話が進まなくなります。

そのため、あなたとしては、相手が意図的に真実ではないことを言っている(=嘘をついている)と確信を持てない限りは、相手が嘘つきだと決めつけてはいけません。法律の世界では、刑事事件の被疑者・被告人を「疑わしきは罰せず」というルールがありますが、交渉の世界でも、嘘つきだと安易に決めつけてはいけないということです。

また、人が嘘をつく場合のほとんどは、積極的に真実ではないことを言うのではなく、相手が誤解や思い違いをしているのを、訂正せずにそのまま自分に有利に使おうとする場合です。つまり、相手はあなたが誤解しているのを、そのまま訂正せずに自分に有利に使おうとしているだけかもしれません。

ですので、あなたとしては、まずは相手を嘘つきと決めつけるのではなく、自分が誤解や思い違いをしていないか確認しましょう。そのうえで、相手に対して、自分が誤解や思い違いをしていないか確認させてほしいと伝えましょう。相手を嘘つき呼ばわりすれば反発されますが、誤解や思い違いをしていないか確認させてほしいと言えば、相手もあなたの誤解や思い違いを訂正しないわけにはいかないので、交渉を進めることが出来ます。

明らかに嘘なのに、そんな回りくどいことをしないとダメなのか、あなたはそう思うかもしれません。ですが、私たちは、相手が嘘をついていると分かったとたんに、感情的になってしまい、ついつい相手を責めるような態度に出てしまいがちです。こういうときは、怒りや悲しみをそのまま相手にぶつけるのではなく、自分の誤解や思い違いを確認し、相手に訂正させるためのエネルギーに変換することが大事になってきます。

あなたが思っているほど、相手には回りくどく思われてはいません。むしろ、嘘と決めつけるのではなく、誤解かどうか確認するという丁寧な姿勢に好感がもたれるでしょう。

いったん立ち止まる

 

 

嘘が許される場面もある


あなたがベトナムの露天商から美しい絵柄の服を買おうとしたとき、露天商が次々ともっともらしい理由をつけて高い値段で売りつけようとしてきました。よくある光景で、あなたもその理由が観光客への販売文句なだけで、嘘も混じっているとわかります。

ですが、あなたはこの露天商に対して、嘘つきだと決めつけたりはしないですよね。

たとえ、真実ではないことを言われても、それが非倫理的・不道徳でなければ、ことさら相手を嘘つきだと指摘しても何の意味もありません。露天商だってそれが嘘だとあなたが分かることも折り込み済みでしゃべっており、いわばそういう文化として許されています。

あなたが嘘を見破った時でも、その嘘がこの交渉現場で、果たして許されているものなのかどうか、そこを考えてみてから、嘘に対処する必要があることも忘れないでください。

嘘が共通言語の文化もある

 

 

交渉を続けたいのか or 止めても良いのかまで考えなければいけない


相手が意図的に嘘をついたとあなたが確信した時、あなたは、交渉を決裂させてもよいかどうか、そこまで考えなければいけません。決裂させてもよいのであれば、嘘をつかれた感情を相手にぶつければよいだけですから簡単です。ですが、実際には交渉を決裂させるわけにはいかない場合がほとんどでしょう。

交渉を決裂させたくないのであれば、相手を「嘘つき」と指摘するべきではありません。相手としては、面と向かって「嘘つき」呼ばわりされれば、いくら意図的に嘘をついていたとはいえ、体面を保つことができなくなるので、それ以上交渉を継続することができなくなるからです。

ですが、嘘をつかれたまま交渉を継続することもできません。そこで、あなたとしては、相手のメンツをつぶさないようにしながら、嘘に気付いているというシグナルを送るという方法をとることが必要です。

相手のメンツをつぶさないようにしながら、嘘に気付いているシグナルを送るときには、その中に相手への批判も入れることもできます。単に今後嘘をつかせたくないというだけであれば、柔らかく言うことでも足りますが、嘘をつかれたことに怒りを感じており、これについてできれば謝罪や譲歩を求めたいのであれば、それをうまく折り込むようにしましょう。ただこの場合は、相手のメンツをつぶすリスク=交渉決裂のリスクも高くなるので、慎重にすることが必要です。

たとえば、交渉を決裂させずに、単に今後嘘をつかれないようにするだけであれば、「お聞きしたお話は、私たちが確認した内容とは相違があるようにも思います。私たちかあなたたちが情報を得る段階で間違って伝わっているのかもしれません。いずれにしましても、今後この話を進めるにあたって、お互いに事実をしっかり一緒に確認していくようにしましょう」というように、相手への批判はできるだけいれず、事実を訂正するチャンスを残して、相手のメンツをつぶさないようにすれば、今後の嘘を防ぐことができます。

これに対し、謝罪や譲歩までできれば引き出したいのであれば、相手への批判を暗に示す必要があります。たとえば「いまお聞きしたお話は、私が確認している事実とは違うようです。このことは後でお互いに確認しあえば分かることですが、私としては、ここまで誠実に交渉してきたつもりなだけに、今回のあなたのお話には、不安を感じています。このことはお分かりください、そのうえで、あなたのお話や態度で感じている私のこの不安を解消するために、なにか方法やお考えをお聞かせいただけますか。」というように、強い言葉を混ぜることが考えられます。

どちらも、相手に挽回のチャンスを与えていることが大事です。相手にメンツをたもつ機会を与えることで、嘘にも対応しながら、交渉を決裂させるリスクを減らすことが大事です。

嘘をつかれたこっちが、なんでそこまで配慮しなきゃいけないんだという声も聞こえてきそうですが、交渉はあなたのためのものですから、あなたにとってどちらの対応のほうが賢明か、というだけの問題です。

感情に身を任せて嘘の責任を追及することは、交渉を進めるためには得策ではありません。こういうときこそ、相手に配慮を見せながら、こちらが主導権を握ることで、交渉を前に進めるチャンスだと捉えましょう。

決別か,継続か

 

 

今回の相談の検討


さて、今回の相談に戻りましょう。相談者をAさんと呼びます。Aさんは奥様に嘘をつかれてしまい、奥さまを信用できなくなっているようです。Aさんとしては、奥さまを信用できるようになるまで、自分にすべてを報告すべきだと考えていますが、このまま疑われることがなくなるまで、ひたすらAさんの指示に従うのは何か違う気がします。携帯などで事実を確認するのは信用がないからなので、一度こういうことを始めると、それが終わる日はおそらく来ないでしょう。Aさんとしてはどうすべきでしょうか。

Aさんの交渉の目標は、妻が嘘をつかないようにすること、今後も一緒にいること、でしょう。

ただ、Aさんはその目標をきちんと整理できていません。奥さまの嘘を知った際に、今後奥さまとどういう関係でいたいのか、その観点が抜けています。ただ奥さまに嘘をついたことを責めて、嘘をつかれた自分が被害者であり、奥さまが加害者であるという構図をつくり、被害者である自分は何をしても許されるという意識が芽生えてしまっているようです。

もちろん、これはAさんからすればやむを得ないことです。愛する妻から裏切られたわけですから、こうなってもAさんが責められる理由はありませんし、何も悪くありません。

ですが、誰が悪いかどうかという問題と、今後2人がどういう関係を築いていくかは切り離して考える必要があります。

今回は、奥さまの勘違いや思い違いではなく、奥さま自身、嘘であることをわかって言っているのですから、嘘をついたのかどうかという検討をする必要はありません。ただ、奥さまとしては、やましい気持ちがない中で、ただ元彼と2人で飲むということを言いにくい、言うと変に勘ぐられたり誤解を招いてしまったりするかもという思いから、Aさんと変な雰囲気にならないように、女友達と飲んでいるといっただけだという気持ちはあるでしょう。つまり、奥さまの頭の中では、「許される嘘」だと思われている可能性が高いということです。

これについては、Aさんがどう思うかではなく、奥さまが実際に嘘をつく際にどう思ったかが大事です。奥さまとしては、Aさんを裏切るつもりがなかったとすると、これだけAさんから責められ、嘘つき呼ばわりされ続ければ、我慢できなくなるのは当然です。

Aさんとしては、奥さまと今後も一緒にいたいということであれば、Aさんのことを疑う前に、奥さまがどういう理由で嘘をついたのか、きちんと確認する必要があります。奥さまにとっては、嘘は嘘でも、許される嘘と思っていただけかもしれません。そうだとすれば、そういった「許される嘘」と奥さまが思っていたことが、Aさんの考えとは違うということをきちんと伝えて、今後はそういうこともきちんと説明して欲しい、それについて怒ったりしないと、きちんとAさんも約束すべきです。そして約束したのであれば、Aさんとしても、それ以上、奥さまを疑うのは止める必要があります。

Aさんが奥さまと今後も一緒にいたいのであれば、奥さまに挽回のチャンスを与え、奥さまを嘘つき呼ばわりしない、そうすることが唯一の解決策です。

なぜ、嘘をつかれたAさんがそこまでしないといけないのか、という不満も聞こえてきそうです。しかし、奥さまとどうしたいかは、Aさん自身の問題です。Aさんのためにどちらが賢明かと聞かれれば、奥さまに挽回のチャンスを与えて、疑うことを止めること、それがAさんのためなのです。

後ろを向いて責めるか,一緒に前を向くか

 

 

今回はここまで。更新は原則毎週火曜日です。相談も引き続き募集しています。コメント欄もこの下の方にありますので、ぜひお願いします。

illust by Helena Perez García

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