第12話 「誰を」相手に交渉をするべきか

妻と実家の板挟み

は妻と2人暮らしをしています。妻はヨーロッパの家具や調度品が好きで、子どもがいないこともあり、生活感を感じさせないようなお洒落なインテリアにこだわっています。子どもがいないことで実家から肩身の狭い思いをすることもありましたが、妻と2人で悠々自適な生活に満足しています。

先日、私の姉と母が姉の子ども2人を連れて、連絡もなくやってきました。突然来られて少し迷惑でしたし妻も同じ思いのようでしたが、私は仕事の予定があったので、妻に任せてすぐに仕事に出かけました。我が家は小さな部屋なので、私がいなくてもすし詰め状態でした。そんな状況で姉が持参したワインを飲もうと言いだし、飲み始めたところに走り回っていた子どもがぶつかってきて、グラスを床に落として、敷いていた絨毯にこぼれてしまいました。イタリアの知人からもらったアンティークの高価なもので、クリーニングが難しいものです。姉はそのときは謝って何とかすると言っていたそうですが、後日、ホームセンターで売られている丸洗いOKのカーペットが送られてきました。姉曰く、丸洗いできるし、これでまた同じようにこぼしても大丈夫だからということです。これに妻は常識がないと大変怒っており、姉にどう言おうかと困っています。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、第1話で紹介させていただいた相談とほぼ同じ相談です。今回はこの相談を違った視点から検討したいと思います。

 

おさらい


恒例のおさらいですが、交渉するためには3つのステップを踏まなければいけません。

①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という点です。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。自分のことは自分が一番よく知っていると思いがちですので、相手のことは知ろうとしても自分のことを改めて考える人はあまりいません。でも、自分がなぜ交渉しようとしているのか考えないと、いつのまにか合意をすることだけが優先され、相手にだけ有利な条件がつけられるということにもなりかねません。自分の交渉の目標は交渉のゴールですので、きちんと把握しておきましょう。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを理解しなければなりません。そのためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をすることが必要です。話を遮りがちですが、意識としては8割は相手の話を聞き、2割だけこちらが話すというくらいでないと、相手の話を聞いたことにはなりません。また、質問は適時に適切な内容で行う必要があり、相手を責めるような質問は避けなければなりません。交渉中には感情的になりやすいので、交渉前から交渉後まで、常に自分も相手も感情的になってしまうということを自覚して、うまく感情とおつきあいをしていく必要があります。

 

交渉相手が目の前の人とは限らない


ところで、これまで交渉相手は、いまあなたの目の前にいる人であることを当然の前提に話を進めてきました。

でも、あなたが交渉を始める理由は、あなたの交渉の目標を達成するためですので、そのために目の前の人よりももっと適切な人がいれば、その人を相手にするべきです。

考えてみれば当たり前のことなのですが、実際には、相手をだれにするべきか考えないまま、目の前の人と交渉を始めがちです。その結果、無駄な交渉をしてしまい、かえってその後の交渉が難しくなることもあります。交渉をする相手を間違っていることがよくあるのです。

たとえば、あなたがあるソフトウェアを販売するIT企業の営業社員だった場合、あなたの仕事はソフトウェアの買い先を見つけて交渉し、売上を上げることです。交渉の目標は細かくするといろいろあるかもしれませんが、主たる目標はできるだけ多くを買ってもらうということでしょう。そうすると、交渉の相手は、販売先の買付担当者ということになりそうです。

しかし、(ソフトウェアに限らないかもしれませんが、)商品を販売すると、そのメンテナンス等のアフターサービスをどうするかということが常に問題になります。通常はメンテナンスも混みで販売するでしょうから、売上をあげれば上げるほど、メンテナンス業務の負担は増えるわけです。そして、これを行うのは、営業部門ではなく、技術部門(あるいはそこから派生したメンテナンス部門)です。

それほどの数量でなければ、営業社員がメンテナンス部門のことまで考える必要はないかもしれませんが、大口の取引となると、現実に性能に問題が生じたときに莫大なメンテナンス業務が発生する可能性があることを考慮にいれなければなりません。せっかく大口の取引が成約したのに、メンテナンスの手が足りないという理由で、契約できないという事態にならないとも限らないわけです。

そのため、このような大口の場合には、事前にメンテナンス部門やその他と連携しながら営業を進めることになり、社内において、メンテナンス部門との間で先に交渉をしておくことが必要になるということになります。メンテナンス部門と交渉してみると、「営業は売ることしか考えてなくて、売るためにアフターサービスは何でも受け付けるみたいな調子のいいことを言ってて困っている。現実にクレームをうけるのはメンテンナンス部門なんだ、いい加減にしてくれ」などと、あなたが思ってもみなかったような回答が返ってくるかもしれません。あなたが思ってもみなかったということは、あなたがするべき交渉を事前にしていなかったということです。

私もまだ弁護士として新人の頃、ある事案で、相場から見るとこちらに有利な示談条件を相手から引き出すことができたので、意気揚々と依頼者に報告したところ、依頼者の期待よりもだいぶ低いということで反感をかったことがあります。事前に依頼者との間で、事案から考えられる相場や予想される和解案など、十分に説明して依頼者の納得を得ないまま相手方と示談交渉を進めてしまったためであり、この場合の責任は、相場を理解していない依頼者ではなく、それを事前に説明してなかった私にあるということになります。依頼者は最大の味方でもあり、最大の交渉相手でもあるとこのときに学びました。

目の前の人とは限りません

自分の交渉目標の達成のために意味のある人と交渉する~逆算志向


実際には、交渉をしようとする際に目の前いる人が交渉相手であることがほとんどなので、それほど交渉相手を誰にするかを、深く考える機会はありません。

ですが、必ずしも目の前の人が交渉相手ではないことは先ほど触れたとおりです。

では、誰が交渉相手かというと、自分の交渉の目標が何か、ということ次第です。あなたが交渉を始める理由は、あなたの交渉目標を実現するためですので、そのために誰が一番適しているのか、ということを考えて交渉することが必要になります。

交渉の目標が変われば、交渉をする相手も変わります。いつも同じ人にばかり交渉をしてうまくいかない人は、そもそも、自分の目標は何なのか、もう一度よく考えてみてください。そのうえで、あなたがいま交渉をしているあるいはしてきた相手が、本当に交渉の相手として適切だったのか、目標から逆算して考えてみてください。

このような目標からの逆算志向が重要となります。

自分の目標に通じているか

真の交渉相手に立ち向かう味方をつくる


ビジネスの場面では、多くの場合、販売先の担当者には商談を成約する権限はなく、その上司に権限があることも珍しくありません。その場合は、交渉の真の相手は目の前にいる担当者ではなく、その背後にいる上司ということになります。

そのため、交渉を始めるあなたとしては、目の前にいる担当者が今回の商談についてどの程度の権限をもっているのか、背後にどんな権限をもった人物がいるか、その背後の人物はどんな人物か、目の前の担当者と背後の人物との関係等を、注意深く観察し、情報を得ていく必要があります。これが、交渉相手を知るということです。

これらの情報を得たうえで、あなたは誰を交渉の相手にするかを決めて、それに応じた対応をとる必要があります。

目の前の担当者に権限があまりなかった場合、あなたがその担当者を相手として熱心に交渉をしても、その担当者は「社内に持ち帰って検討します」と言って終わってしまいます。持ち帰られた後で、どのように検討されるのかあなたに知る術はありません。

ですが、あなたは目の前の担当者がどのように考えているのか、その担当者の考えは少なくとも知ることは可能です。もし、その担当者があなたと同じように今回の商談を成功させたいと考えているのであれば、あなたとその担当者は、担当者の背後にいる責任者が交渉相手という点で、共同戦線を張る同志ということになります。「一緒に責任者の方を説得できるように協力しましょう」と声をかけてみましょう。

これはビジネスの場面だけに限りません。たとえば、あなたが愛する彼女に結婚を申し込むという交渉をした場合、彼女の家の事情(たとえば代々続く老舗の家業があるなど)により、両親や親族が同意すればという返答だった場合、あなたの真の交渉相手は彼女の両親や親族であり、彼女を味方につけることがとても大事ということになります。あなたが賃貸マンションに奥様とお子さんと3人暮らしをしているとき、もっと会社に近いマンションに引っ越したいと考えたら、いきなり不動産屋で交渉を始めるのではなく、奥様との間で、引っ越しをしてよいかどうか、良いとすればその条件などの交渉を行う必要があります。そのうえで、奥様を味方にして、部屋探しと大家との交渉を一緒に進めることになります。

交渉の目標を達成するために、誰を交渉の相手にするべきか、また誰から交渉を始めるべきか、事前に整理をしたうえで、交渉に臨むようにしましょう。

敵の敵は味方です

今日の相談


さて、では冒頭のご相談に戻りましょう。相談者さんをNさんと呼びます。Nさんは奥様とお姉さまのどちらを交渉相手にするべきでしょうか。

交渉相手を誰にするかは、①Nさんの交渉目標が何か、ということしだいです。Nさんが、「奥様に対して、怒りの感情を沈めてもらい、できれば実家や姉に対して連絡しなくても済むようにすること」を交渉目標とした場合、奥様を相手にしないとその目標は達成できないので、交渉相手は奥様ということになります。

他方、Nさんが、「姉に自分たち夫婦に干渉しないようにしてもらうこと」や、「絨毯についてきちんと納得のいく弁償をしてもらうこと」などを交渉の目標にした場合、交渉相手はお姉さまやご実家ということになります。

第1話の解説では、交渉目標を前者のように考えて、奥様を相手とした交渉について説明しました。

Nさんが交渉目標を後者のように設定した場合には、②お姉さまの交渉の目標を知る必要があります。お姉さまの話をよく聞いて、適切に質問をしましょう。お姉さまからは、「そんな高い絨毯なら汚れそうなところに敷かなきゃいいじゃないの」「あなたたちは子どもがいないから高いものに囲まれて生活できていいわね」などと、皮肉や、感情的にNさんたちを責めるような言い方をしてくるかもしれません。でもそこはNさんとしても耐えて、じっくりと話を聞きましょう。実はお姉さんとしては、Nさん夫婦が実家と距離を空けていることについて、何とか取り持とうとお姉さんなりに行動しているということなのかもしれません。じっくりと話を聞くことでそれがわかれば、お互いに与えあうよい解決案も生まれるかもしれません。すぐには思いつかなくても、そのための一歩は踏み出せるのではないでしょうか。

ではまた次回。更新は(できる限り)毎週火曜日です。相談も引き続き募集しています。

Illustrated by Thomas Hawk

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