娘と仲良くなりたい父親
今回の相談は、多感な時期のお嬢様にどう接していいかわからない父親からの相談です。お嬢様と一緒に買い物に行きたいだなんて、いじらしい相談ですが、さてどうしたらよいでしょう。
私は妻と17歳の高校生の娘の3人家族です。私は自他ともに認める子煩悩で娘は本当に目に入れても痛くないほど愛しています。ところが、娘が最近私を避けるようになり、家でもあまり口をきいてくれません。娘の年齢からすると、父親を敬遠するのも仕方ないと思う反面、とてもさみしい気持ちにもなります。できることなら、娘と一緒に買い物に行ったりしたいです。なんでも買ってあげるのに…。どうしたら娘と仲良くなれるのでしょうか?
前回までのおさらい
まず前回までのおさらいからスタートです。交渉は3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という3点で確認していきます。
①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。「もの」といっても物理的な物だけではなく、あなたが叶えたいことも含まれます。あなたが交渉で何を叶えたいのか、その目標を意識することで、無駄な手間を省くことが出来ます。
②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、このふたつです。ついつい自分の要求ばかりを伝えがちですが、相手の話をその何倍も聞かなければなりません。忍耐がいると割り切り、じっくり聞きましょう。8割は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。
話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。嫌いな人を好きになれとまでは言いませんが、嫌いな人でも敬意を払うことはできるはずです。時には感情的になってしまうときもありますが、その感情が交渉を前に進める原動力にもなります。感情を抑えるのではなく、うまく付き合うという姿勢が大事です。
感情のほかに厄介なものとして、その人特有のモノの見方(バイアス)を考慮する必要があります。人は複雑な生き物で、何でも合理的に冷静に考えて行動できるわけではありません。ときには、自分の身を守るために、嘘をつくこともあり、うそやごまかしにも直面しても大丈夫なように事前の準備を欠かしてはいけません。
③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうために、相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。これは打算的なGIVE&TAKEではなく、親子や恋人間のような金銭的な利益から離れた、「相手のため」という視点をお互いが持てる関係性を作り、続けていくことを目指しています。結局、それがあなたのお願いを実現するためにベストだからです。
お金の価値にこだわらず、段階的に、想像力と創造力をフル活用して、お返しを考える必要があります。今回は、この「想像力」と「創造力」にスポットを当ててみたいと思います。
「想像力」を働かせよう
「想像力」という用語を辞書で調べると、「実際に経験していないことを、こうではないかと推し量る力、現前の知覚に与えられていない物事の心像(イメージ)を心に浮かべる力」とされています。イマジネーションする力、相手が何を欲しているのかをイメージする力といってもよいと思います。
相手に何を「お返し」するべきかは、相手のことをイメージし、相手の立場に身を置いて、深く深く相手のことを考え抜き、相手が何を欲しているのかを想像することが必要になるというわけです。そして、相手のことを知るという意味では、この過程は②のステップと同じです。そうすると、相手の話をとにかく忍耐強く聞いて、必要な質問をしながら相手のことを推し量ることが基本的な対応になります。
そして、「お返し」を考えるために想像力を働かせる際に、特に注意をしなければいけないのは、相手のことを決めつけてしまうバイアスにはまってしまうことです。
第14話で「勝者の呪い」というバイアスについて説明しました。要は、あなたが持っている情報を相手が持っている情報は同じだと思い込んでしまうことです。これにはまると、相手も自分と同じことを考えているに違いないと思い込み、相手の話を十分に聞かずに、相手が欲しくもないあさってのお返しを渡してしまう恐れがあります。
また、第15話では、「目立つ情報に飛びついてしまうバイアス」について説明しました。これは、相手の何か目立つ情報を得てしまうと、ほかのことに目がいかなくなってしまうというバイアスです。その結果、見せかけの情報に惑わされ、相手が本当は何を考え、何を求めているのかわからなくなってしまいます。
こういったバイアスを避けるための一番の方法はなんでしょう。
それは、「相手に敬意をもつ」ことです。人はできるだけラクをしたいという思いに駆られる生き物です。そういった弱みがバイアスに付け入る隙を与えてしまいます。しかし、相手のことを知ろう、相手のことを考えようという相手のことを思う気持ち(=敬意)があれば、目先の情報や思い込みにとらわれず、相手の立場に身を置き、ラクをしようとせず、とことん考え抜くことができるはずです。
相手に対して想像力を働かせるとは、相手のために何ができるかを、敬意をもって考え抜くということなのです。
なんだ精神論か、とがっかりする声も聞こえてきそうですが、これはただの精神論ではなく、きわめて実践的な方法論です。相手に敬意を払うことで、相手のことに意識を集中することができるようになりますから、実践してみてください。
創造力を働かせる
「創造力」を辞書で検索すると、「新しいものを初めて作りだす能力」と記載されています。何が「お返し」として良いかを考えるうえでは、このクリエイティヴな発想も欠かせません。どういうことでしょうか。
あなたが相手のことを敬意をもって深く考えた結果、いまあなたの身の回りにあるモノやコトでは、どれも「お返し」としてふさわしいとは思えないこともあると思います。
そういう時には、あなたが「お返し」を新しく作り出しましょう。新しく作り出すと言っても、なにも工作をしろということではありません。ゼロから何かを作り出すということではなく、これまで「お返し」としては光の当たっていなかったモノやコトにスポットライトを当てて、新しく「お返し」としての価値を与えてみましょうということです。
たとえば、あなたのお願いが、彼に毎朝朝食を作ってもらうことだとしましょう。これはなかなかハードルが高そうです。あなたの彼へのお返しとして、あなたが後片付けをするとか、夕食を毎日準備するとか、あなたが彼のために何かを具体的な作業を提供するということが考えられますが、それだけがお返しのすべてとは限りません。たとえばあなたがいまダイエットをしていて、彼もあなたにダイエットを求めているとすれば、彼が作る朝食のおかげでダイエットが成功できた、と彼に満足してもらうこと、つまりダイエットを成功させることが、彼へのお返しになるかもしれません。
「お返し」は相手がハッピーになるもので、あなたに過度に負担でなければ、本当に何でも構いません。無限といっても良いでしょう。極端なことをいえば、「ありがとう」のその一言こそが相手が求めていた最高の「お返し」かもしれないのです。熟年離婚の原因の多くは、会話がないこと、夫から感謝の言葉を言われないことなどがよく挙げられます。「お返し」として何がよいかを考えること自体が、相手のことを慮っていることの表れでもあります。あなたなりの「お返し」を考えていきましょう。
今回の相談
さて、今回の相談にうつりましょう。今回は、お嬢様と仲良くしたい、買い物に行きたいという何ともかわいらしい相談ですが、本人は深刻な悩みなのかもしれません。
さて、お父様のお嬢様に対する交渉の目的・お願いの内容は、お嬢様と買い物に行くなど仲良くすること、です。
他方、お嬢様の交渉の目標はなんでしょうか。多感な時期だということで、お父様のことを生理的に嫌になっている、近寄りたくない、ちょっと距離を置きたい、といった風に安易に考えがちですが、決めつけはいけません。お嬢様の話を聞き、お嬢様が話をしてくれないのであれば、奥様を通じて話を聞いてみましょう。そうすると、お嬢様の考えが多少なりともわかってくると思います。
お嬢様はなぜお父様を避けているのでしょうか?お父様の見た目が微妙で一緒に歩きたくないというよくある話かもしれませんし、もしかしたらお父様が以前に言った何か一言がお嬢様がお父様を避ける原因になっているかもしれません。それとも、相談内容に奥様のことが全く触れられていないように、お父様は奥さまに失礼な態度をとっており、それがお嬢様の反感を買っているのかもしれません。だいたい、買い物を奥さまと三人ではなくお嬢様と二人で行きたいと言っているあたり、その可能性も高そうです。
もし最後の点が答えであれば、あなたがお嬢様にお願いをする際の「お返し」は、奥さまにも感謝と愛情を伝え、三人で買い物に行くこと、それによってお嬢様に家族みんなをお父様が愛していることを実感させること、というのが正しいかもしれません。
何が「お返し」としてふさわしいかは、相手が何を考え、何を交渉の目的としているか次第です。頭を柔らかくして、相手に敬意を払ってさえいれば、きっとお願いは実現されるでしょう。
今回はここまでです。更新は最近不定期ですが、気持ちとしては毎週火曜日です。
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photo by Jesper Sehested
今回も面白かったです!
「相手に敬意を払う」はシンプルですが、意識しないと難しいと実感します。
ラクに処理するために、1つの属性で考えてしまい、人を遠ざける方向になりがちです。
これまでの記事で一貫して書かれている「相手のことを想像」して、「案を創造する」ことが
なんとなくですが、理解できて来たように思います。
>対角線のITマンさん
いつもお読みいただきありがとうございます。
シンプルなんですけど、意外と難しいですよね。
実践あるのみです!
お返しを新たに「創造する」視点が大切だという点に感心させられました。
自分が考えるお返しは同じものになりがちですよね。そこに新たな発想で相手の気持ちに応えられるかが大切なのですね。
>平安京さん
いつもコメントありがとうございます。
「想像」はできても、「創造」までは慣れないと難しいですよね。
結局、相手とどこまでコミットできるかということなのですよね。