第10話 自分の感情も大切に

四男夫婦を許せない


今回のご相談は、四男とその妻を別れさせたいと少し感情的になられているお母様からのご相談です。ここまで込み入った話はあまりないかもしれませんが、交際をどちらかの親が反対するといったケースと本質的には変わらないと思います。さていかがでしょうか。

私は4人の息子を持つ主婦(62歳)です。昨年の12月に、32歳になる四男が同い年の嫁と結婚しました。問題はその四男の嫁が、昨年の2月までは次男と2年も付き合っていた女ということです。次男は収入があるからなのか、独身を楽しんでいるようで結婚する気がないようです。そのこともあって別れたのでしょうが、四男とまさかくっつくなんて思ってもみませんでした。いったいどうなっているのか…母親としても恥ずかしく、世間にも説明できません。私の頭が固いのでしょうか。何事もなかったかのように四男と結婚して暮らしている嫁がどうしても許せません。はしたない嫁と結婚を決めた四男も許せません。恥ずかしさと情けなさでたまりません。姑の過干渉といわれるかもしれませんが、別れさせたいのです。どうすればよいでしょうか。

おさらい


今回もまずはおさらいですが、交渉するためには3つのステップを踏まなければいけません。
①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という点です。
①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。交渉を始める前に、交渉をすることであなたが何を得ようとしているのかをきちんと決めておかなければ、交渉中に迷い途に入ってしまい抜け出すことができなくなってしまいます。あなたが交渉で到着するゴールに旗を立て、交渉中も見失わないようにしましょう。
②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを理解しなければなりません。
そのためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をすることが必要です。8割聞くことに集中し、2割だけこちらが聞く、それくらい相手の話に耳を傾けることが相手を配慮することになり、より深く相手のことを理解することができます。
ただ、相手が感情的にまくしたてたり、逆に心を閉じてしまって何も話してくれなくなった場合、そういう行動をとっている相手の感情に注意し、より深く配慮することが必要になります。相手の感情がどこから来ているのかを理解し、そういった感情を抱いていることを認めることが、相手の心を開く第一歩となります。

あなたが交渉が始まる「前」から感情的になってしまった場合


さて、前回までに、交渉「前」または交渉「中」に感情的になってしまった「相手」にどう対応するべきかを学びました。
繰り返しになりますが、重要なことは、相手に敬意を払い、「感情」自体は認めながらも、「感情的」な状態からは抜け出してもらうということでした。
ただ、感情的になるのは「相手」だけではありません。「あなた自身」も、意識的か無意識的かはともかく、さまざまな感情を抱きながら交渉を進めています。感情があるからこそ、いろいろなものに価値を感じ、意思決定ができるのですから、いろいろな感情をもつことは当然のことです。人は感情の生き物ですから、感情自体を否定することは不可能です。
ただ、感情に対して何も対策せずむき出しのまま交渉を進めるべきかというと、答えは「ノー」です。感情を否定することはできなくても、感情をコントロールする必要はあります。

ではあなた自身が次々と湧いてくる感情を抑えきれず、感情に支配されてしまった場合、どのようにすればコントロールを取り戻せるでしょうか。
まず、交渉前からあなたが不快な感情、ネガティブな感情に支配されている場合、それはあなたの自尊心が傷つけられている状態です。自尊心が傷つけられた場合、それを回復するには、自尊心が傷つけられているということ、それにより失望や怒りや悲しみを感じていることを、そのままの事実として認めてもらい、配慮されているとあなたが感じられるようになることが唯一の方法です。相手に認めてもらうには、まずはそういった状態にあることを、あなたが相手に伝えるしかありません。相手が感情的な場合にあなたが相手の感情を認めることと同じように、あなたが感じていることを相手に伝えましょう。
ただ、ネガティブな感情に支配されていると、相手に決めつけや非難をしがちなので注意してください。伝えるのは「感情の状態」であり、批判や非難ではありません。
悲しみと怒りに支配されている場合、「あなたはひどい人ね」とつい言いがちです。でもそうではなく、「私は傷ついているの」と伝えるのです。それによって、相手が感情的になれば、「あなたも悲しいのね」と、相手の感情も認めなければなりません。そうして、あなたの感情も認めてもらうのです。
このときには、常に相手に敬意を払うこと、つまり「あなたと私の感じ方は違う」ということを念頭において、難しいかもしれませんが、批判や非難をしないようにだけ注意してください。

では次に、交渉中に感情を抱いたときどう対応するべきかですが、基本的には相手が交渉中に感情的になった場合の7つの分類がそのまま当てはまります。

まず、あなたが交渉前や交渉当初に「不安」を感じてしまうと、相手に過度に譲ってしまい十分な目標達成ができなくなるおそれがあります。不安のために早く交渉を終わらせたい欲求に駆られ、思考が停止してしまいかねません。
これを避けるためには、事前にシュミレーションを十分にしておいて、未知の出来事への不安感を減らすことです。何があっても「想定内だ」と余裕を持てるようになることができれば最高です。また、想像できることは限られているため、交渉前からできるだけ情報収集をすることが大事です。
ただ、不安な気持ちはあなたに慎重さをもたらすので、悪いことばかりでもありません。根拠のない自信過剰よりはマシな場合もあります。臆病さゆえに人類は恐竜よりも生き残ることができましたので、心の奥に臆病な気持ちを持つことも必要です。ただ、過度の「不安」な感情は交渉を不利にするため、回避するようにしましょう。

あなたが、交渉途中に「怒り」を感じているときはどうでしょうか。
前回のブログでは、怒りの感情は、物事を前進させたいという思いから湧き出るという点ではポジティブとも考えられると説明しました。研究の中には、怒りの感情は物事を前に進めパワーを与えてくれるため、怒りの感情を持つことで安易に妥協をせずに高い要求を実現させるという報告もあります。
確かに、交渉が戦いであれば、怒りは交渉を有利に進めるパワーになると思います。ただ、怒りは物事を冷静に分析する視点を失わせます。そのため、冷静にお互いに何を分け合うことができるか、そのためにどのような条件が考えられるかといった創造的な発想ができなくなってしまいます。
ですから、「怒り」の感情も心の奥に持つのは悪くはありませんが、「怒り」の感情に支配されないようにはしてください。「怒り」の感情はパワフルですから、いちどその感情が占めてしまうと、意識がすべて「怒り」に飲まれてしまいやすいので、基本的には「怒り」の感情からも距離を置くようにしたいところです。
「怒り」から距離を置く対処法は、とにかく落ち着くという以外にありません。そのまま「怒り」をぶつけてしまうと相手と対立するだけで交渉が破綻してしまうおそれもあります。休憩を取って席をいったん立ちましょう。事前に「怒り」の感情が湧く可能性があると想像しておくだけでも、一時停止ボタンを押しやすくなりますので、対処としては有効です。
なお、本当は「怒り」の感情がないのに、あえてパフォーマンスとして「怒り」を演じることで、相手を怯ませようとする人がいます。しかし、根拠のない「怒り」は相手の反感を買うだけですし、それでは新たな価値を生み出すことはできません。そのようなパフォーマンスは意味がないだけでなく、有害なので、やめてください。

あなたが交渉の終了が近づき「失望」や「後悔」を抱いているとき、それはほとんどが、「自分がしなかったこと」に対して感じています。
ですので、そういったことを感じなくて済むように、あなたがしたいことやできることは、すべて提案するなどして、お互いに全てを考えつくしたといえるだけの状況を作るようにするということに尽きます。
もし、あなたは十分な意見を言えなかったとき、または合意にもっと良い案が思いついたとき、遠慮なく「交渉の再開」を提案しましょう。相手が、もし「合意を覆すつもりか」と言って来たら、「いいえ、もっと良い案が浮かびましたので検討しませんか。お互いが満足できるならいいじゃないですか」などと大胆に言ってみましょう。大丈夫です。相手は飲みたくなければ飲まなければいいし、飲んだ方がよいと相手が判断すれば聞き入れてくれますので。この大胆さが重要です。

あなたが交渉終了時に、「幸福感」や「高揚感」をもったとき、それを表に出してはいけません。あなたが勝ち誇ったような態度を取ることは、相手に後悔や失望を感じさせることになります。相手に敬意を払うという意味でもやめるべきです。力士が土俵上でガッツポーズをしないように、あなたも過度に喜びを表すべきではないということです。
ただ、与え合う交渉は、お互いに満足できる解決案を模索して実現するというプロセスですから、実際にお互いが喜びを表現できればそれに越したことはありません。ここでは、そういうことではなく、あなただけが一方的に過度に喜びを表現することは控えましょうということです。

落ち着こう

ポーカーフェイスになるべきか


いろいろな感情を抱くのは自然なことです。ですが、その頻度と激しさは人によって違います。優れた交渉者になるためには、自分が交渉前から終わりまでに抱きやすい感情を事前に徹底的に調べ上げ、それらを必要に応じてコントロールすることが重要です。
なお、表情と感情は密接に関係しているため、表情が感情を生み出すこともあります。つらいときこそ笑顔でいようというのは、そういうことです。そのため、感情を過度に表情に表わすのは、感情に飲み込まれてしまいやすいので、ポーカーフェイスが望ましいといえます。ただ完全な無表情は感情を抑えることにもなりやすいため、度が過ぎるとかえって心身に悪影響を与えることもあります。
感情は抑えるのではなく、コントロールして飲み込まれないことが大事です。うまく感情をコントロールし、感情の赴くような交渉を進めながらも、感情に飲み込まれずにコントロールすることができれば、健全に交渉を進めることができ、交渉で成功することができます。
たとえば、あなたが怒りや悲しみを感じているとき、無理をして自分の感情とは真逆の笑顔を作ったり無表情を装うなどして感情を抑える必要はありません。しかし、目を吊り上げて口角泡を吹き怒鳴ったり、泣き叫んだりするなど、感情に振り回されてもいけません。悲しみや怒りの感情を、表情やしぐさではなく、言葉でその状態をうまく伝えることができるようになりましょう。

ほどほどに

今回の相談


さて、今回のご相談の検討です。主婦をAさん、交渉相手を四男夫婦とします。まず、Aさんの交渉の目標はなんでしょうか?一見すると、「四男夫婦を離婚させること」のようにも思えますが、以前に説明したように、交渉の目標は受け入れ可能なものである必要がありますので、いきなり、「離婚すること」というのは難しいでしょう。交渉は段階的に進める必要があります。Aさんとしては、四男夫婦の考えがわからなくなっており、混乱していることからすれば、まずは、「四男夫婦に納得のいく説明をしてもらうこと」を目標に据えてみるのがよいでしょう。
他方、四男夫婦の交渉の目標ですが、四男夫婦は何を考えているのでしょうか。相談内容だけでは、Aさんと四男夫婦がどのような話をしているのかがわかりません。Aさんは、四男夫婦の交渉の目標を知るために、四男夫婦の話をよく聞く必要があります。
これまでの経緯からすると、四男夫婦も感情的になっており、話をしてくれないか、Aさんを逆に攻めるような発言をするかもしれません。Aさん自身、許せない気持ちや情けない気持ちなど、感情的な状態になっているので、うまく四男夫婦の話を聞くことができないかもしれません。
ですが、Aさんが交渉の目標である「四男夫婦に納得のいく説明をしてもらうこと」を達成するためには、Aさんは四男夫婦の話をよく聞く必要があり、話を聞き終わるまでの間は遮ったり反論したりしてはいけません。Aさんからすると、なんで自分ばかり我慢するんだという気持ちがわくかもしれませんが、交渉すると決めたのは四男夫婦ではなくAさんですから、Aさんが感情をコントロールして交渉を主導していく必要があります。
Aさんとしては、四男夫婦と話をするまえに、自分がどんな感情でいるのかをまず考えましょう。自分がどんな感情を持っているか考えるだけでもずいぶん冷静になれるものです。また、四男夫婦と話すことでどんな感情になるだろうと想像してみましょう。四男夫婦が言ってくるであろうことも想像しましょう。事前に想像しておくだけでも気持ちの余裕は全然変わってきます。
話を始めたのち、ただ四男夫婦の話を聞くだけではなく、Aさんの感情も四男夫婦に伝えて理解してもらう必要があります。ただ、責めるような言い方だめです。「なんでそんな恥知らずなことするの?」ではなく、「あなたたちの行動に私は戸惑っているのよ。」と伝えるべきです。
四男夫婦からは、「うるさい、ほっといてくれ」「母さんには関係ない」などいわれるかもしれません。それでも、「ほっといてほしい気持ちはわかった。でも戸惑っている私のことも理解してほしい。どうすればあなたたちのことがわかるのか、それを教えてほしいのよ」と粘ってください。
人間関係を構築、または修復するのは大変です。感情的になっているときは特にそうです。
ですが、粘り強く、相手のことを理解したいという気持ちを伝えることが、たいていの場合正解です。
四男夫婦の真意が少し見えてきたとしても、Aさんがそれに納得できるかどうかはわかりません。ですが、交渉の目標に近づけたことは間違いないでしょう。

少しずつ歩み寄ることが大事です

今回はここまで。毎週火曜日更新です。相談も引き続き募集しています。

Illust by chamko rani,masha krasnova-shabaeva ,

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