今回の相談
今回は交渉とは少し違いますが、お返しにお金を持ち出した場合の失敗談です。
先日、会社の同僚のホームパーティに呼ばれました。行ってみると、レストランかと思うような綺麗に盛り付けられた料理がたくさん並べられていて、部屋には花が飾ってあったりなど、とても素敵な雰囲気でした。同僚曰く、奥様が相当気合を入れて準備をしたそうです。
私も妻も大変感激して、お礼をしないのは申し訳ないと思い、手持ちの現金がたまたま8000円くらいしかなかったので、「大変楽しく過ごさせてもらいました。8000円で足りるでしょうか」と言って渡したところ、急に奥様の表情がこわばり、不機嫌そうに去っていきました。私たちとしては素敵なおもてなしをしていただいた気持ちとして渡そうとしたのですが、やはり安かったのでしょうか?何が奥様の気を悪くさせたのでしょうか?
前回までのおさらい
まず前回までのおさらいからスタートです。交渉は3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という順番で進めていきます。
①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの、叶えたい状況」のことです。交渉をする際に、何のために交渉をするのか、そのゴールをきちんと頭に入れておくことで、無意味な交渉を避けることができます。
②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2つだけです。人は自分のことばかり話しがちですが、交渉ではどれだけ忍耐強く相手の話を聞くことが出来るかが重要です。自分では聞いていると思っていても、実際にはほとんど相手の話は聞いていません。話を聞くことは忍耐がいりますが、そういうものだと割り切り、じっくり聞きましょう。8割以上は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。
話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。たとえ生理的に嫌いな人でも、礼儀として敬意を払うことはできるはずです。時には感情的になってしまうときもあります。ポジティヴな感情だけではなく、怒りや悲しみ、失望などネガティブな感情もあります。でも、ネガティヴな感情もあなた自身ですから、無理に抑え込むのは良くありません。うまく付き合うという姿勢が大事です。
感情のほかに厄介なものとして、その人特有のモノの見方(バイアス)を考慮する必要があります。人は複雑な生き物で、何でも合理的に冷静に考えて行動できるわけではありません。ときには、自分の身を守るために、嘘をつくこともあり、うそやごまかしにも直面しても大丈夫なように事前の準備を欠かしてはいけません。
③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうときに、同時に相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。「お返し」というステップを加えることで、自分だけではなく相手にも目を配ることができて、交渉が失敗することを防ぐこともできます。
お返しを「どう」与えあうか、与えあう方法として、まだ好意的な関係が築けていない場合、論理的に交渉を進めることが交渉を有利にします。論理的な交渉とは、具体的には、①あなたの交渉の目標・お願いに合理的な理由や根拠があること、②その理由があるのであれば、あなたの交渉の目標が実現されても良いよねと思える関係性(相当な因果関係)があることです。法律や規則だけではなく、相手自身のルール、自分ルールもこれにあたります。相手の自分ルールがわかれば相手自身で自分を説得してもらうことも可能です。
「お返し」として「何を」与え合うかは、段階的に、「想像力」と「創造力」をフル活用して選びます。相手に敬意を払う姿勢がこれらの力を源となりますので、敬意を払う姿勢を忘れないでください。
今回は、お金をお返しにすることの影響について考えてみます。
お返しにお金をもちだす危険性
さて、交渉では、自分だけがハッピーになるのではなく、相手にもハッピーになってもらうことが大事だと何度か学んできました。このお返しについて、お金で考えることの危険性を今回は考えてみたいと思います。
わたしたちは、相手に与える「何か」を考えるとき、自分が叶えてほしいものと同じくらいの価値、それも金銭的な意味での同じくらいの価値の何かを探しがちです。相手にも同じくらいハッピーになってもらおうというその気持ち自体は全然悪いことではないのですが、問題はその金銭面が相手に悪影響を与えるということです。
たとえば、あなたが学生で一人暮らしをしているいまの部屋を出て、別のワンルームの部屋に引っ越しをしようとしているとしましょう。あなたはそれほど荷物がないので、引っ越し業者に頼まず、実家から軽トラを借りて自分で済まそうとしました。けれど家具など重いものは一人で積むのは大変ですので、同じゼミの友人に手伝ってくれないかお願いしたとします。お礼は行きつけの居酒屋での飲み代(学生が行く安い居酒屋)です。きっとお友達は時間さえあれば嫌がらずに手伝ってくれるでしょう。なんせ友達ですから。あなたの交渉の目標は引っ越しを手伝ってもらうこと、そのためお返しは今晩の飲み代です。
ところが、あなたは引っ越し業者に依頼するお金が浮いたのに友達には居酒屋代では申し訳ないと思い、引っ越しのバイト代の相場9000円の半分の4500円を払ったとします。さて、これをもらった彼はどう思うでしょうか。学生のころの私ならこう思ったかもしれません。「なんで4500円なんだよ。中途半端なお金ならいらないし。これなら普通に○○でバイトするほうがマシだな」と。
もちろん、好意として素直に受け取る方もいるでしょうし、悪いと言って固辞する方も多いと思います。ただ、そういう場合でも、言われた側としては、友人としての「好意」が、「お金のための行為」だと受け取られたと感じて、嫌な気持ちになるのではないでしょうか。お返しにお金を持ち出すと、暖かい人間関係を、途端に冷たい関係に変えてしまう危険があるのです。
別の例で考えてみます。あるとき彼女に一目惚れをして、何度もアタックしたうえ、ようやくデートに誘うことに成功しました。そうこうして、今日は4回目のデートです。あなたはこれまでのデートで高級レストランや買い物など、すべてお金を出しています。今日も彼女に素敵なネックレスをプレゼントして、彼女も嬉しそうです。あなたの貯金は悲鳴を上げています。ですがついに、あなたはディナーの後に彼女を自宅に誘うことに成功します。あなたは大喜びです。その夜あなたは彼女とベッドで愛を交わすことができました。さてそのあと、あなたは一服しながらつい気が緩んでしまったのか、こう言ってしまいました。「こんなにお金がかかるとは思ってなかったよ」。本当にあなたのことを好きになりかけていた彼女は一気に興ざめして、帰ってしまいました。
なぜでしょうか。彼女からすれば、自分がまるで売春婦のように扱われていると感じて傷ついてしまったからです。あなたのことをただの財布としか思ってなければこういうことにもならなかったかもしれませんが、彼女が本気だったからこそ、その人間関係にお金の話を持ち出してはいけなかったということです。
このように、人と人との関係にお金を持ち出すと、その関係は冷めきってしまいます。心のつながりを求め、自分自身も楽しんで行っていたことが、お金を持ち出されることで、急によそよそしく、楽しくなくなってしまいます。
このような現象を、行動経済学の著書「予想通りに不合理」の中で著者は、社会規範の中に市場規範を持ち込むことによる衝突、として説明しています。人と人との心のつながり(社会規範)のなかに、お金の関係(市場規範)を持ち込むことで心のつながりまでも失われてしまいます。それまで行為そのものに価値を見出して、無償のものとして行っていたことが、お金に換算されてしまうと、安すぎる、それだけしか自分は評価されていないのか、と反発されてしまうことになるということです。
私が友人からちょっとした法律相談を受けるとき、たいてい無償ですが、ちょっとした手土産をいただけるととても嬉しく思います(これは今後相談のときに手土産を持ってきて欲しいと言っているわけではないので誤解しないでくださいね)が、それを「2時間相談に乗ってくれたから5000円払うよ」と言われると、少しがっかりしてしまいます(それなら正規の費用を払ってよと思わないではありません)。
ここから学べることは、交渉相手との間に信頼関係を結びたいのであれば、お返しに金銭的価値が見え隠れするものは選ばない、ということです。お返しをするのは、あなただけではなく、相手にもハッピーになってもらい、スムーズに目標のものを交換し合うためです。そうであれば、相手にもハッピーになってもらうように、お金の話はできる限り持ち出さないようにしましょう。
お金を持ち出しても良い場面もある
それでは交渉の場面で、お金を持ち出すことが絶対にダメかというと、必ずしもそうではありません。
交渉でお金を持ち出さないほうが良いのは、自分の好意はお金には代えられない、プライスレスなものという感覚があるからです。そこに客観的に決まる金額を持ってこられると、自分の好意がその程度しか価値のないものだと、貶められているように感じてしまうからだと思われます。どんなに高い金額を言われてもその感覚は異なりません。金額で評価されること自体に嫌悪感を覚えてしまうのです。
これは逆に、冷静に客観的に双方の交換価値を把握したい場合、つまりお互いに誰が見ても公平に分け合っている、与えあっていると感じたい場面では、むしろお金を持ち出す方が公平感を作りやすく適切な場面もあるということがいえます。
典型的な例が、売買の際の価格交渉です。この場合、減額する代わりに一括払いにして未回収のリスクを避けるなど、お互いに金銭的な尺度で交渉の価値を把握しています。もちろん、売買の場面でも、相手と信頼関係を結び、金銭以外のものも交換の対象とすることは可能ですし、ある程度の信頼関係がある仲での売買交渉ではそうした方がよい場合が多いです。
お金を持ち出すほうが良い場合については、次回以降にもう少し深堀りしたいと思います。
今回、理解しておきたいのは、お金のお返しにすることは、その交渉に相手の好意が伴っている場合にそれを台無しにしてしまうリスクがあるということです。この点も今後もたびたび触れていきたいと思います。
今回の相談
今回の相談は、ホームパーティのお礼に現金を渡したことで、相手の期限を損ねてしまった方からの相談です。相談者をAさんとしましょう。Aさんはどうするべきだったのでしょうか。
まず、Aさんの交渉の目標を、気兼ねなくおもてなしを受けることとしましょう。そのためのお返しとして、8000円の現金を渡しました。
他方、相手の奥様をBさんとすると、Bさんの交渉の目標はなんでしょうか。おもてなしをする方の多くは、相手に喜んでもらいたいという気持ちがとても強いので、Bさんの交渉の目標も、Aさんに心から気を遣われずに楽しんでもらうことだと思われます(逆を言うと、このおもてなしでお金をもらうことではありません)。
そうすると、Aさんのお返しは、現金という生々しいものであり、BさんからするとAさんに気を遣われていると感じてしまいます。しかもこういったホームパーティは無償で行うからこそ気兼ねなく参加できるものであり、誘う方も無償だからこそ誘いやすく、楽しんでもらおうという気持ちも入ります。プライスレスな体験をしてもらいたいというのが、おもてなしをする側の気持ちですし、お金になんて評価されたくありません。
そうすると、Aさんが現金を渡してしまったことは、Bさんをハッピーにさせるお返しとしては全くふさわしくないことになります。
AさんがBさんが時間をかけて準備してくれたのに、何のお返しもしないことに気が引けるのはわかりますが、こういう場合はおもてなしが客観的に評価されてしまうお金ではなく、例えば手に入りにくいお菓子など、客観的な評価がされにくく、しかもあなたの気持ちが伝わるものが良いでしょう。そうすれば、お互いの目標が達成できたのではないかと思います。
今日はここまでです。不定期になっていますが、原則は火曜日更新です。コメントも下の方にスクロールしてお願いします~。
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今回初めてブログを拝見しました。
確かに、その場に適した対応というのは、重要だと思いました。
恋人には、高価なものよりも手紙などの価値を提供する方が、
喜んでくれる、そういったこともブログで挙がった趣旨の一例だと思います。
一方で、以下のような事例も考えられると思います。
相談者Aさんが外国人だったら、また状況も変わるかもしれません。
例えば、頂いた価値に対してチップを提供する文化がある場合などです。
その国の文化や慣習によってすれ違い(相談)は生じてくると思います、
今回の相談事は個人間の「価値観」の違いで生じたすれ違いだと推察されます。
私も来年度から、社会人となりますので、
相手8割、自分2割を意識した交渉をしていきたいと学びました。
相手の立場、自身の立場を考え、適切な対応をとれるようにしたいと思います。
>るんるんさん
広大なネットから辺鄙なこのブログを見つけてくださりありがとうございます!
確かに文化によってはお金が適切な場面もあるように思います。
ただ、チップは「好意」ではなく、仕事に対する対価の意味合いが強いと思います。
どの国の人であっても、友情や親愛などの好意でされたことに対しては、お金ではない別のものを求めるように思いますし、そうあって欲しいです。
価値観というよりも、交渉における人間関係の段階の問題なのかもしれません。
もうすぐ社会人なんですね。
応援してます!
なるほど!
チップは仕事に対する対価の意味合いが強いんですね!
いろいろ勉強になります!ありがとうございます^^
交渉における人間関係の段階、なんか難しいですね。
相手のペースというか、同じレベル感でお返しするということでしょうか??
>るんるんさん
交渉における人間関係の段階というと、なんだか難しく聞こえますが、私が思うには、交渉って結局、「あなたのためにこうしてあげたい」と相手に思ってもらえるかどうかだと思うのです。
そう思ってもらうために、こちらも相手がハッピーになるお返しをするのですが、二人の関係性が遠ければ(ビジネスライクな一回的な関係であれば)お金などの即物的なものがわかりやすいのですが、お互いの距離が近くなればなるほど、もっとプライスレスなものを求めると思うんです。究極的には、「相手が喜ぶ」ということ自体がお返しにもなるのではないかと。
たとえば、彼女からお願いされた彼氏は、彼女に喜んでもらいたいからお願いを聞いてもらう、というような感じです。
そうすると、交渉を成功させるには、初めての交渉相手でも、どれだけ相手との距離を縮めることができるか、ということに集約されるのかな、と今のところ考えています。そのために、話し方や聞き方を工夫するといった話があるのだろうと。
長々とすみません。。。
長々とありがとうございました!
簡単に考えると交渉にはパーソナルスペースのような最適な距離感を知り、
その距離に応じたお返しで、相手が前述のお返しで得られる価値を評価したときに、
認められる訳ですね。
ただし、その距離感というのは、近ければプライスレスな価値を求める傾向があり、
遠ければ経済的な価値といった社会的に評価される価値を求める傾向があるということですかね。
また、交渉の成功について、近ければ好意的に交渉しやすいことは、実体験的にもわかります。
いろいろと考えが深まりました。
いつかお仕事でお世話になるときは、中嶋先生にお願いしたいと思います!
ありがとうございます^^
お金、怖いですね。私はお金には縁がないので安心です。人に何かしてもらったら高価じゃないものをプレゼントします。逆に人に何かしたら「ありがとう」この言葉が一番嬉しいです。お金は大切だけど、特に大金は魅力的だけど人の優しさ、笑顔には勝てないと思います。この気持ちを一生、持ち続けたいです。
>チビさん
いつもコメントありがとうございます。
「ありがとう」って最高の贈り物かもしれません。それが言われたくて頑張る人って意外に多いですもんね。
一生その思いを持ち続けたいですね〜
中嶋先生
初めてコメントさせていただきます。
最近更新されていなかったので,久々の更新うれしいです!
いつも多くの気づきがあって,楽しく勉強させていただいております。
今回のご相談ですが,好意に対して現金でお返し,わたしはなかなかハードルが高いなと感じました。
相談者の方はとっても素直な方なんですね。
別の物でお返しすることは,贈る側はその人のことを考えたりしながら選ぶことができますし
受取る側は気持ちが伝わるので更にハッピー!になれると思います。
最終的にはお金ではなくその人を思う気持ちを伝えることが一番大事なのではないかと。
人の気持ちをいろんなところから汲み取れようになって,その人の気持ちに寄り添う形になれたらいいな,と思いました。
次回も楽しみにしています\(^O^)/
>おでんさん
いつもお読みくださりありがとうございます。
贈る側がその人のことを考えたりしながらえらぶことができる、正にその通りですね!
相手のことを思いやるという視点が、バチバチ対立すると思い込みがちな交渉でもすごく必要な視点だと思います!
中嶋先生
初めてコメントさせていただきます。
最近更新されていなかったので,久々の更新うれしいです!
いつも多くの気づきがあって,楽しく勉強させていただいております。
今回のご相談ですが,好意に対して現金でお返し,わたしはなかなかハードルが高いなと感じました。
相談者の方はとっても素直な方なんですね。
別の物でお返しすることは,贈る側はその人のことを考えたりしながら選ぶことができますし
受取る側は気持ちが伝わるので更にハッピー!になれると思います。
最終的にはお金ではなくその人を思う気持ちを伝えることが一番大事なのではないかと。
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人の気持ちをいろんなところから汲み取れようになって,その人の気持ちに寄り添う形になれたらいいな,と思いました。
次回も楽しみにしています\(^O^)