第11話 調査交渉術という考え方~相手のことを知るための方法~

女子会が断れない


今回は,女子会の誘いをなかなか断れないOLの方からの相談です。好意で誘われたときって中々断りにくいですよね。さて,どうすればうまく断れるのでしょうか。

私は都内の建設会社に勤めて4年(26歳)の一般職のOLです。さいきん,会社の年上の同性の方達からよく女子会に誘われます。主なメンバーは私を含めて5人ほどです。ランチの他に,飲み会やお泊り会などにも誘われます。それほど仕事で絡む関係でもないのですが,メンバーがみなさん年上の方ばかりなので断りにくく,本音を言うと行きたくないのですが断り切れません。リーダーの方は高価なものが好きで,お店などもその方が決めるのですが,お金はきっちり割り勘です。なんだかその人が食べたいものを私たちが負担させられているようにも感じています。その方がメンバーを喜ばせたいという気持ちも伝わってくるので,悪い人ではないと思うのですが,正直毎回気が進みません。うまい断り方を教えてください。

 

おさらい


今回もまずはおさらいですが、交渉するためには3つのステップを踏まなければいけません。

①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という点です。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。交渉中に交渉によって自分が手に入れたい目標に集中しないと,全然希望してなかった結果になってしまいかねません。合意をすることが目的ではなく,合意によってあなたが得たいものを得ることが目的なのです。常に目標を見失わないようにしましょう。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを理解しなければなりません。

そのためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をすることが必要です。相手の話を聞くときには,途中で相手の話を遮らないように,辛抱強く聞く姿勢が必要です。相手が手持ちのカードを自ら明かしてくれるのですから,こんなチャンスを見逃すわけにはいきませんよね。また,相手の話を聞くときにも,質問をする時にも,常に相手に敬意を払うことが大事です。相手に敬意を払うことによってのみ,相手は情報を与えてくれます。

相手の話を聞いたり,相手に質問をするときには,感情にも配慮する必要があります。交渉「前」から交渉「中」,そして交渉「終了時」まで,いろいろな感情が湧き出てきますが,それに振り回されてはいけません。相手にも自分にも感情が湧きますので,そのそれぞれの感情に配慮して対応しましょう。相手の感情にも自分の感情にも配慮する唯一の方法は、常に交渉相手に敬意を払うということです。その姿勢自体が重要です。

 

調査交渉術とは


さて、①「自分の目標」を決めるうえでも、②「相手は何を考えているか」を知るためにも、できるだけ多くの情報を集めなければなりません。交渉においては、情報の収集が何よりも重要になります。

このような交渉の際の情報の収集に焦点を当てた考えた方として、「調査交渉術」と呼ばれる方法があります。ハーバードビジネススクール教授のディーパック・マルトラ、マックス.H.ベイザーマン著の「交渉の達人」において、調査交渉術とは、犯罪調査に当たる刑事のごとく、状況をつぶさに観察し、先入観を捨てて、従来とは異なる視点から様々な情報を集め、水面下の事実をあぶり出し、解決の選択肢を広げる方法と説明されています。

その一番の特徴は、交渉相手から情報を引き出すことにあるとされています。

情報を引き出すことそれ自体が目的化しては意味がありませんが,情報収集が重要であることも疑いありませんので,調査交渉術という考え方は与え合う交渉においてもとても参考になると思われます。

探偵のように情報を収集します

情報を引き出す方法


「調査交渉術」において、交渉相手から情報を引き出すには、次の3つの戦略が有効とされています。①「情報を共有し、互恵関係を促す」、②「複数の案件を同時進行させる」、③「代替案を提示する」という戦略です。

①は、口の重い交渉相手に遭遇し、相手から情報を入手できないと感じた場合、「こちらから率先して情報を伝え、互恵関係を築きたいという意思を伝える」というものです。

たとえば、「話し合うべきところがたくさんありますね。よろしければ、私どもが関心を抱いていること、また懸念していること、そして制約条件について説明させてください。それから、そちら様の話を伺えればと存じます」というように持ち掛ける方法です。

多くの人は、交渉相手を信頼せず、手の内を見せたがらないことから、こちらから口火を切ることにより、相手の不安感を和らげることができることになります。ただ、この際に、「次は相手の番であることをあらかじめはっきり伝える」ことが必要です。こうすることで、こちらだけが弱みを握られることも避けることができるとされています。

私はこれまでブログの中で、「相手の考えを知る」には、相手の話をよく聞き、相手に質問をすることが大事だと説明してきましたので、一見すると自分から口火を切るということは矛盾していると思われるかもしれません。

ですが、あなたが自分のことを離さないのに、あなたの交渉相手だけがすべてさらけ出すということあり得ません。ですので、交渉相手の求めがあれば、適宜自分のこと(あなたの目標やニーズ)を伝える必要があります(ブログ第5話をご参照ください)。

この点で、調査交渉術で説明されている、こちらが口火を切りながらも、「次はあなたの番ですよ」とあらかじめ伝えておくことは、非常にうまい方法です。

ただし、あなたが話した後には、相手に多くの質問を投げかけ、ときには沈黙も活用し、全体としてあなたの話が2割、相手の話が8割になるように注意してほしいと思います。

それだと相手に話させ過ぎで不誠実だという意見もあるかもしれませんが、相手からすると自分の話をよく聞いてくれたとむしろ好意的に受け止められますので、大丈夫です。

 

②「複数の案件を同時進行させる」

ビジネスの交渉では、価格、数量、納期、契約期間など、複数の問題を議論する必要がありますが、交渉下手な人は、まずは価格について合意し、次に数量、契約期間など、別々に合意してしまう傾向があります。一つひとつ解決していくことで安心感を得たいのでしょう。

しかし、交渉のテーブルに毎回一つしか議題を乗せない場合、当然ながらその議題がその交渉での最重要課題となってしまい、交渉相手が全体の議題の中でどれを重要と考えているのかが理解できません。

そこで、複数案件を同時に進行させることで、相手の関心ごとや優先事項の見える化をしようというのが、調査交渉術の2番目の戦略です。

 

お互いに価値のあるものを与え合うためには、「相手は何を考えているか」、「相手が何を重要とみているか」を知る必要があります。こういった複数の条件を同時に進行し議論することで、相手が重要とみているものを知る手がかりを得ることができることになります。

複数同時に議論するうえで、相手が何度も取り上げている議題はどれか、感情的になる議題はどれか、主導権を握りたがる議題はどれか、頑として譲らない議題はどれか、などといった点に注意して進めていくことが重要です。

 

③「代替案を提示する」

複数の案件を同時進行させるだけではなく、複数の提案をするのも効果的であるとされています。条件が異なる複数の提案(納期が早いが単価が高い提案と、納期は遅いが単価が安い提案など。)を行い、どちらを相手が選択するかで、相手が何を重要とみているのかを知る方法です。

このような複数の提案は、こちらの柔軟性を示すこともでき、相手にも好印象を当たることができるとされています。

戦略的な情報収集が必要です

相手の要求はすべてチャンスととらえる


調査交渉術の重要な視点として、相手の要求をチャンスととらえるという考えがあります。

交渉相手こそが、交渉の妥結に向けた重要な情報をもっているため、相手の行動はすべて意味があるものとして捉えるというものです。

相手が感情的になっているのも意味があるし、相手の無理難題も相手側に事情があり、それこそが相手が交渉において重要と考えていると捉えることもできるなど、ネガティブな要求もすべてポジティブに捉えなおそうというアプローチです。

この視点は、交渉相手と協力してお互いに新たな価値を創りだし、お互いに与え合うという視点と共通するものであり、非常に重要な視点であると考えています。

前回まで,感情的な状態から抜け出す方法を説明しましたが,それは何度も言うように感情を無視しようということではありません。なぜ,そのような感情を相手,あるいは自分が持ってしまっているのか,それを考えることはとても大事なことです。

怒りが物事を前進するパワーを生み出すように,全ての感情には理由があります。それを相手や自分を知るために活用するという視点はとても大事です。

調査交渉術は、情報を開示してもらい、共有することで互恵関係を築こうという点で、与え合う交渉術と土台を共通にするものですので、あなたも取り入れてみてください。

すべてがチャンスですから気は抜けません

今回のご相談


さて,今回の相談の検討にはいりましょう。相談しているOLの方をAさんと呼びます。Aさんの交渉の目標は何でしょうか?「女子会の誘いを角が立たないように断る」ということのようにも思えます。でも,Aさんが断りたい理由を深堀りすると,どうもリーダーの方にみんなが遠慮して,言いたいことが言えない状況になっていることに原因がありそうです。Aさんとしても,リーダーの方が悪い人ではないことはわかっていて,ただ,いつも割り勘のわりにはこちらの意見を採用せずに金額が高いものに決めるという点に大きな不満をもっているようです。

そうだすると,Aさんの交渉の目標は,「こちらの言い分をきちんと聞き入れてもらうようにする」というほうが適切でしょう。断ればそれで終わりですが,こちらの言い分も聞き入れてもらえば,それから参加するかどうかを決めればよいのですから,選択肢はより広がります。

では,リーダーの方の交渉の目標は何でしょうか?Aさんとしては,リーダーにまずは勇気をもって交渉を持ち掛ける必要があります。「いつも感じていることをこの際,お話ししたいんです。女子会をもっと楽しくするために,いちど私の話を聞いてくれませんか?」と勇気を振り絞って伝えましょう。リーダーは「どうしたの?もちろん聞くわよ。何かな?」と聞く姿勢をみせてくれたらしめたもの。こういったケースではいきなりリーダーに「女子会での振る舞いをどう考えているか教えてください」などと聞いたところで,聞きたい話は聞けません。調査交渉術の①のように,まずはあなたの考えをリーダーに伝えましょう。

「いつも,モヤモヤしていることがあります。女子会に誘ってくれるのはとても嬉しいですし,リーダーがいつもメンバーのことを思ってくれているのもとても嬉しいです。でも私は,女子会は,もっとフランクに,みんなの意見が自由に出し合えるようになるほうがいいと思っているんですが,みんなリーダーに遠慮しているように思うんです。どうでしょうか?」と聞いてみます。

リーダーは突然のことにびっくりするかもしれません。もしかしたら,Aさんから非難されたように感じて,「そんなつもりじゃないわよ!」などと,感情的になるかもしれません。でも,もしそうなったとすれば,感情的になった理由も考えてみる必要があります。それは,リーダー自身がとても気にしているからこそ,ムキになっているのかもしれないからです。

Aさんとしては,「私も,みんなを引っ張ってくれるリーダーにとても感謝しています。だからこそ,このモヤモヤもリーダーに解決してもらいたくて相談させてもらっているんです。一緒に解決してもらえないでしょうか」と水を向けてください。

リーダーが何を考えているのか,粘り強く聞き出してみてください。まずはそれからです。

今回はここで終了です。毎週火曜日更新です。相談も引き続き募集しています。

Illust by Felix Nine

相手が何を考えているか,それだけに集中しましょう

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