第31話 交渉に正義は必要か?

今回の相談


今回の相談は、交渉の際にはずる賢いことは許されるのかという問いです。自分の利益を損なってまでお人好しになるべきか、どうでしょうか。

私は腕時計の収集が趣味なのですが、今回、諸々の事情で腕時計を手放すことに決めました。自分のブログで買い取りたい人を募集したところ、相場よりもかなり高い金額で買い取りたいという方が現れました。その方とお話したところ、どうも腕時計には素人のようで、その金額でも安いとどういうわけか思い込んでいるようです。多分、私が相場などを説明すれば、その方もその金額では買わないと思います。せっかくその金額で買いたいと言っている以上、腕時計の相場など詳しいことは説明せずに、さっさと売るべきでしょうか。

 

前回までのおさらい


まず前回までのおさらいからスタートです。交渉は基本的には3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という順番で進めていきます。

①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの、叶えたい状況」のことです。なんのために交渉をしているのか、交渉の迷路に迷い込まないように、ゴールを設定しておくことが大事です。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2つだけです。人の話を聞いていると思っている人ほど、実は全く聞けていません。人の話を聞くことは疲れますが、そこは割り切って、現実に時間を図って聞きましょう。交渉の時間の8割以上は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。たとえ生理的に嫌いな人でも、礼儀として敬意を払うことはできるはずです。感情的になるのは仕方ありません。前向きな感情だけではなく、怒りや悲しみ、失望など負の感情もあります。すべての感情はあなた自身ですから、無理に抑え込むのではなく、うまく付き合うという姿勢が大事です。

感情のほかに厄介なものとして、その人特有のモノの見方(バイアス)を考慮する必要があります。人は複雑な生き物ですので、何でも合理的に冷静に考えて行動できるわけではありません。ときには、自分の身を守るために、嘘をつくこともあります。その時に相手を責めるのではなく、それも想定内のものとして、直面しても大丈夫なように事前の準備を欠かさないことが大事です。

③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうときに、同時に相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。「お返し」というステップを加えることで、自分だけではなく相手にも目を配ることができて、交渉が失敗することを防ぐこともできます。

「お返し」として「何を」与え合うかは、段階的に、「想像力」と「創造力」を活用して選びとります。相手に敬意を払う姿勢がこれらの力を源となりますので、敬意を払う姿勢を忘れないでください。ただ、注意しないといけないのは、「お返し」として金銭的なものを選ぶのは逆効果になることがあるということです。「お返し」に何が効果的かは相手との距離感によります。

お返しを「どう」与えあうか、与えあう方法として、まだ好意的な関係が築けていない場合、論理的な交渉、つまり、①合理的な理由や根拠と、②交渉の目標との間の因果関係があることが有効です。根拠や理由には、法律や規則だけではなく、相手自身のルール、自分ルールもこれにあたります。相手の自分ルールがわかれば相手自身で自分を説得してもらうことも可能です。そのために謝罪が必要な場面があれば、臆することなくそこまで行うことも必要です。

では、自分の交渉の目標の達成のためには、多少のずる賢さは許されるでしょうか。交渉に公正さや正義は必要かどうかについて考えてみたいと思います。

 

交渉相手が知らない自分に不利な情報を伝えるべきか


交渉はお互いが交渉の目標としているものと、それほど重要ではないと考えていること・ものと交換し合うことで、お互いにとってより良い結果を生み出すというプロセスです。交換し合うためには、相手から聞けることをすべて聞いて相手の交渉の目標達成のために自分が何を与えることができるか知ることがとても大事ですし、相手としても与えることが出来るものを知るために、こちらも情報を提供することが大事になります。あなたと相手が一緒になって、何を与え合うか考えるという共同作業がとても大事だと説明してきました。

しかし、こちらの情報をすべて伝えることが正しいのでしょうか?たとえば、あなたがマンションを探しているとしましょう。不動産屋に依頼して、あなたの希望の条件に適う物件を探しました。あなたの予算は2000万円です。ですが、あなたの希望条件に適う物件はどれも2500万円以上します。そんな中、仕事先を訪問中に外装以外があなたの希望にぴったりの物件が見つかったとします。これまでのリサーチだと2500万円はくだらないだろうが、まずは話を聞いてみるのが先だと思い、さっそくそこの管理人さんに聞いて、オーナーに部屋を売る予定がないか確認しました。するとちょうどそのオーナーも、息子家族と同居することになり売却を考えていたということでした。ただ不動産屋に仲介を依頼するとお金がかかるため、売買は自分でやろうと思っていると説明を受けました。あなたはなんてタイミングだと運に感謝して、さっそく売ってほしいと頼みました。オーナーは、「息子に世話になるのにもお金がかかるので、申し訳ないができるだけ高い金額にしたいと思っている、高すぎてびっくりしないで欲しい」と前置きして、提示してきた金額は、あなたの予想を大きく下回る1800万円でした。なお、この物件はいわゆる事故物件などではなく、単純にオーナーが不動産の金額について疎いだけのようです。

さて、あなたはオーナーのこの提案に対してどう対応するべきでしょうか。対応としては、①そのままその条件を受け入れる、②さらに値下げを試みる、③オーナーに不動産の相場を教えて交渉を続ける、といった対応が考えられます。

オーナーが不動産の相場に疎いのであれば、あなたとしてはこれをチャンスととらえて即その条件を受け入れるのが良いようにも思えます(①)。しかし、オーナーの知識不足につけこむことは誠実ではないのではないか、不正義ではないかという意見もありそうです。そういう方は③を選択すると思いますが、そもそも買う側が金額をもっと上げてはどうかというのも変な気がします。

他方、さらに値下げを試みるというのも(②)、交渉の満足度という点では馬鹿にはできません。以前の回でも説明しましたが、交渉において、人は自分の要求がすんなり通ると、もっと有利な条件で交渉できたのではないかと不安を覚えてしまいがちで、むしろ自分の提案が揉まれて「いい感じ」に修正されるほうがよりよい交渉結果になったと満足感を感じます。その意味では、オーナーの1800万円に対して、そのまますんなり受けるよりも、減額交渉をするほうが結果としてオーナーも満足感が得られるかもしれません。ただし、これには常に交渉決裂のリスクがあります。

 

公正さのモノサシ


このように、何が公正で正義かということはとても難しい問題です。交渉は相手との共同作業ですし、円満な関係性を築き上げることを必要です。そうすると、交渉においても、不道徳ではなく、公正である必要はあるでしょう。ただし、何が公正で何が道徳的で何が正義なのか、それは人によって違います。違うため、何かそれを図るものさしが必要です。そのポイントは、自分の家族、親友が同じことをされても、あなたがそれを許せるものかどうか、という点にあると考えます。

さきほどの例に戻ると、オーナーとしては不動産屋に依頼せずに自分で売買をしようとした結果、相場がわからなかったという状況です。不動産屋に依頼することを妨げる状況はなく、それを選択したのはオーナー自身です。あなたの家族や親友がこのオーナーだったとき、あなたは①~③のどれが許せてどれが許せないでしょうか。それが交渉の公正さのひとつの答えでしょう。

このオーナーが年金暮らしの単身のご老人なのか、いまも現役で働く医者なのかといった相手の属性や、身を粉にしてようやく手に入れたマンションなのか、相続で苦労なく手に入れたマンションなのかなど、事情によって結論が変わることもあるでしょう。公正・正義・道徳というのはそれだけ曖昧なものということは理解しておく必要がどうもありそうです。

 

それでも誠実であるべき


以前のブログ回で、嘘をつく人がいる以上、自分だけが正直者でバカをみるのはおかしいのではないか、交渉ではある程度の嘘は許されるのではないかという問題について考えてみました。

人は誰でも、正直に誠実に生きていたいと思っています。その一方で、嘘をつく人がいる以上、自分だけが正直者でバカを見るのも避けたいという思いもあります。

ですが、このような理屈で嘘を正当化してしまうと、だれもが正直に生きたいと思っているのに、誰もが自分を守るために嘘をつくしかなくなってしまいます。

そもそも、嘘やごまかしは通用しないという態度をあなたが見せないといけないのは、あなたが相手から、バレなければ嘘やごまかしをしても良いと思われているからです。

そうすると、嘘やごまかしがバレるかどうかにかかわらず、相手が嘘やごまかしをしたくない人だとあなたが思われるようになれば、問題は解決できそうです。

そのための、おそらく唯一の方法は、「あなた自身が嘘をつかない」ということを、相手に約束し、相手との間に、嘘やごまかしをしない信頼関係を結ぶこと以外にはないでしょう。

公正でありたい、正義に適う交渉をしたいということを、あなたが最初から相手に伝えることが大事です。そのうえで、あなたが自分の信念にこの交渉が公正かどうか問いかけたうえで進むことが大事です。「交渉は創造である」の中で著者のマイケルウィーラー教授は、「自分にとって正しい行動とはなにかを知るには、まず自分がどんな人間になりたいかを知る必要がある」と述べています。全くその通りで、あなたにとって公正な交渉とは、あなたがそう在りたいと願うあなた自身の在り様です。交渉は騙し合いだなんて思わず、どうしたら自分という人間をわかってもらえるのか、相手のことが理解できるのかという真摯な態度で臨んで欲しいと思います。

 

今回の相談


さて、今回の相談ですが、相談者をAさん、時計を買い取りたい人をBさんとします。AさんはBさんが腕時計の相場を勘違いしていそうな状況で、わざわざその勘違いを訂正してあげるべきなのか悩んでいます。

Aさんの交渉の目標は、「時計をできれば高い価格で売る」ということでしょう。この目標の達成のためには、Bさんにあえて金額が低くなりそうな事情を教えてあげる必要もなさそうです。ただ、あとでキャンセルされるリスクが高そうであれば、教えるほうがかえって目標達成に近づくかもしれません。キャンセルされるリスクも、結局はそれが公正な取引かどうかにかかってきます。Aさんとしては自分の家族や親友がBさんだったとして、売主が自分の知っていることを教えずにBさんに売っても、それを許せるかどうか考えてみる必要があります。

ここからは個々人の価値判断によります。Bさんの自己責任を重視すれば、AさんはBさんから聞かれない限り、追加の情報を伝える必要はないでしょう。明らかに勘違いしている状況であればAさんとしても教えるべきという価値判断が勝れば、教えることが公正ということになり、かつAさんの交渉の目標達成のためにより良いということになるでしょう。

Bさんが明らかに勘違いしているかどうかは、Bさんの交渉目標をBさんから十分に話を聞くことで知るしかありません。いずれにしても、AさんとしてはBさんから十分に話を聞いて、対応するということが大事ということになります。

今日はここまで。更新は最近不定期ですが、基本的には毎週火曜日です。コメントもスクロールした下の方に欄があるので、ぜひご感想などをお願いします。

Photo by Michael Coghlan

 

関連記事

  1. 第24話 与え合うということ~「何を」与えるか、お返しを考える

  2. 第32話 与え合うことと現実の壁~与え合うことは理想論なのか

  3. 第35話 交渉と食事の関係~交渉相手とは食事を一緒にするべきか

  4. 第30話 謝罪は交渉ではタブーか?

  5. 『与え合う』交渉ブログ始めました

    第0話 『与え合う』交渉ブログ始めました

  6. 第29話 交渉にお金を持ち出すべきか? お金が信頼関係をなくす不思議

  7. 交渉とは何か?

    第1話 交渉とは何か?

  8. 第20話 交渉で現れる嘘とごまかし~相手の嘘やごまかしを防ぐ方法~

コメント

    • チビ
    • 2019年 4月 14日

    私が今回の相談者だったら、絶対相場を教えます。世界一、正義の文字が似合わないけど。無知につけこむのはずるいです。お金は、人の心まで壊してしまう時があります。だからこそお互いに、知らない事は教え合う事が大切だと思います。お金に勝るものは、ないというけど、私は、大好きな人の笑顔と優しさが大切です。

      • 中嶋俊明
      • 2019年 4月 15日

      >チビさん
      「知らない事は教え合う事が大切」、本当にそうですよね。そういう交渉の在り方が、その方の生き方につながっているのだと思います。

    • 平安京
    • 2019年 4月 15日

    自分自身がどう在りたいと考えているか、につきますね。
    その場は誤魔化せても、長い目で見ればリスクの方が大きいと思います。

      • 中嶋俊明
      • 2019年 4月 15日

      >平安京さん
      全くその通りですね!結局交渉の目標達成のためにどうあるべきかということですよね。

    • おでん
    • 2019年 4月 16日

    中嶋先生

    今回の相談,とても悩ましい内容でした!
    相談者が自分だったら…と考えるとなんともわたしはずるい人間なんだな,と悲しくなり,反省しました(´;ω;`)

    十分に話して対応することが大事ということですし,
    見ず知らずの交渉を行うにはトラブルが生じがちなので(今回の相談については安値で売ったとしても),
    親切な心で向き合えるように,かつ安全にできるよう気心の知れた相手と気持ちよく交渉しようと思いました。(笑)

      • 中嶋俊明
      • 2019年 4月 19日

      >おでんさん
      いつも読んでくださりありがとうございます。
      ずるいと思えるだけ、心がキレイなんだと思いますよ 笑
      気心の知れた相手と交渉することももちろんですけど、そうではない人とも交渉できるようになるとなお良いですよね。

  1. この記事へのトラックバックはありません。