第9話 交渉「中」に生じる相手の感情についても準備をしよう

威圧的な店長


今回のご相談は、パワハラ気味の店長がバイトを辞めさせてくれないという相談です。法律論では、辞めるのは自由と簡単にアドバイスできそうですが、現実はなかなか難しいようです。さて、どのように店長と交渉すればよいでしょうか。

居酒屋でアルバイトをしています。半年ほど前に始めたのですが、最初の1ヶ月を過ぎたころから店長と馬が合わず、徐々に店長の言葉がきつくなりました。先日、これまで2人でやっていた仕事を私1人にさせるように仕事の内容を変更した上、「これまで以上に他の作業を早めないと、定時には帰れないから」と悪びれも無く言ってきました。早くできない人が悪いということで残業代も払われていません。私も勢いでやめると店長に告げたのですが、「代わりを入れないと辞めさせない、勝手に入って勝手に辞めると損害を賠償してもらう」などといわれました。私は既に1人アルバイトを紹介しているのですが、さらにもう1人入れろといわれ、理不尽で悔しいです。どう交渉すればよいでしょうか?

 

おさらい


さて、おさらいですが、交渉するためには3つのステップを踏まなければいけません。

①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という点です。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。自分が交渉で何を得たいのか、事前に分かっておかないと、意味のない交渉を続けることになりかねません。自分に問いかけて、自分が何を得たいのか、しっかりと把握してから交渉をする必要があります。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを理解しなければなりません。

そのためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をすることが必要です。

(ⅰ)相手の話をよく聞くためには、忍耐強く、相手の話を聞く必要があります。人は黙って人の話を聞くことがなかなかできませんが、相手がすべてを話し終わるまで、じっと待つ必要があります。

また、(ⅱ)相手に対する質問は、常に敬意を払って、相手のことを理解したいという気持ちをもって行う必要があります。質問の形式ではなく、相手のことを理解したいという気持ちで臨むことが大事です。

交渉前から感情的になっている方には、話を聞いたり質問をしたりすることが難しいこともありますが、相手の感情を認めて、根気強く話を進めていく必要があります。

 

感情についても準備をしよう


交渉前には冷静でも、交渉中に感情的になってしまうこともあります。そうするとうまく相手の話を聞き出すことができず、相手のことが理解できなくなりそうです。

では、交渉中に相手が感情的になってしまった場合、どのように対応すれば相手のことを理解できるのでしょうか。またどうすれば交渉中に相手が感情的にならないようにできるのでしょうか。

前回、交渉前に感情的になっている相手にどう対応するべきかを学びました。

重要なことは、相手に敬意を払い、「感情」自体は認めながらも、「感情的」な状態からは、抜け出してもらうということでした。

交渉前ではなく、交渉中に感情的になった相手に対しても、基本的なスタンスとしては、相手に敬意を払うということに尽きますが、感情にもネガティブなものからポジティブなものまでいろいろありますので、その感情の種類ごとに対応をあらかじめ検討しておくことが効果的です。

交渉中に生じるであろう感情についても、交渉前に戦略を練るのと同じように、感情に対する準備をしておきましょう。

いろんな感情に向き合って準備しておく

 

交渉中に生じる7つの感情


感情にもさまざまなものがあり、ステレオタイプに区別することが必ずしも正しいとも限りませんが、準備しやすいようにあえて7つの感情に分けたいと思います。

まず、交渉の開始前や、交渉を開始した初期段階によく見られるのが「不安」の感情です。

交渉で議論が白熱してくると、「怒り」や「高揚感」がわいてきます。その結果、交渉終了前後に「失望」や「悲しみ」、「後悔」あるいは「幸福感」などが生じることがあります。

これら、ポジティブな「高揚感」「幸福感」と、ネガティブな「不安」「怒り」「失望」「悲しみ」「後悔」に、私たちはどう立ち向かうべきなのでしょうか。

以下の7つの感情の分類と、その対処法については、ハーバードビジネスロースクールのアリソン・ウッド・ブルックス氏の研究を参考にしています。

 

「不安」は交渉を不利にする


不安とは、起きてほしくない結果の発生を想像してしまい、苦痛を感じている状態のことです。不安が交渉に及ぼす影響を探る実験として、交渉前にグループの半分にはホラー映画のテーマ曲を聞かせ、もう半分には心地よいクラシックの音楽を聞かせ、交渉の成果を比較するということが行われました。実験によりわかったことは、ホラー映画のテーマ曲を聞かされたグループは、交渉が終始弱気になり、相手の意見を検証せずにそのまま信じて受け入れた、つまり思考停止状態になってしまいました。

このことから、不安感をもつと、目標が叶わなくなるような大幅な譲歩をしてしまい、相手に不安を察知されてしまうと不利な立場に立たされてしまうといえます。

相手が不安感を抱いていると、こちらの条件は飲みやすいものの、創造的なアイディアを出し合うことができなくなり、パイを広げることができません。こちらの条件を飲ませることができるからいいじゃないかという意見もあるかもしれませんが、限られた利益を奪い合うよりも、お互いが共同することで利益事態を拡大するほうがより大きな利益を得ることができますので、このような一方的な譲歩を引き出すことは、こちらにとっても望ましいことではありません。

では、どうすればよいか?

なぜ不安になるかといえば、それは未知の出来事に対して十分な予測ができないため、不幸な未来を想像してしまうというためです。あなたが何を考えているかわからないため、相手は不安を感じているということです。

ですから、あなたが相手の話をよく聞き、適切に質問をして、あなたのことも伝えれば、相手は不安を和らぎます。相手が不安に感じていそうであれば、「なんだか不安そうですね。なにかお聞きになりたいことはありませんか」と聞いてみてください。

相手の不安を和らげることは、創造的なアイディアの創出には不可欠ですので、気を付けてください。

相手の不安はこちらが和らげてあげることが大事

 

「怒り」は落ち着かせる


私たちは、「怒り」を普段は抑えようとします。人間関係を構築する場合には、とくに友好的に進めようという感情が働くので、「怒り」の感情が湧くことはすくないかもしれません。

しかし、ビジネスの場面では、あえて「怒り」の感情をみせることで、相手をひるませて、自分に有利に交渉をすすめようとする人もいらっしゃいます。

「怒り」の感情は交渉にとって有益なのでしょうか?

そもそも、「怒り」の感情は、いまある事態を脱して物事を前に進めようというパワーを持っていますので、常に「怒り」が悪いわけではありません。前に物事をすすめようという意味では、ポジティブな意味合いもあるわけです。

ですから、「怒り」の感情が、本当に心の内から出たものであれば、その「怒り」の感情を抑えないほうが、物事がうまく進むこともあります。

ただし、「怒り」の感情は、それをぶつけられた相手に対し、ネガティブな感情を湧き起こさせます。誰だって、「怒り」をぶつけられて良い気持ちはしないですよね。

そのため、「怒り」の感情が理不尽な場合、「怒り」の感情をぶつけられた相手は、それ以上交渉することを拒否してしまうかもしれません。

ですので、あなたに「怒り」の感情が芽生えた場合には、それを表に出すのは避けたほうが良いでしょう。

問題は、相手が「怒り」の感情を表に表した場合ですが、とにかく発散してもらい、落ち着いてもらうしかありません。

相手の「怒り」に正当性がないと思っても、相手が現に「怒り」を持っている以上、その感情は認めて、場合によっては謝ることも必要です。

「怒り」の感情はそれほど長続きするものではありません。休憩を求めて、頭をお互いに冷やして落ち着きを取り戻すことも有効です。交渉の雰囲気を変えるために、あなたにできそうなこと、たとえば相手が関心を持っていることを事前に調べておいて、相手が「怒り」を持ち始めたらすぐに話をそちらに変えるなど、いろいろ準備しておくことが大事です。

怒りを鎮める準備も事前にできる

 

「失望」と「後悔」を抱かせない


交渉はお互いに価値を感じるものを交換することで、お互い満足するというプロセスです。ただ、それでも合意時には、「うまくいった」と感じることもあれば、「この点は不本意だった」と感じることもあります。相手が殊更に勝ち誇ったような顔をしているのをみると、それで自分が負けたような「失望」を抱くこともあります。

また人は、「自分がしたこと」よりも、「自分がしなかったこと」に対してより強い後悔を感じると言われています。

相手がこういった「失望」や「後悔」を抱くと、「結局今回の交渉はうまくやられてしまった」と感じ、次の交渉時に余計な緊張関係を招いてしまいます。

「失望」や「後悔」が、「自分がしなかったこと」に対して生じるのだとすれば、そうならないように、相手と十分に話をして、相手が「したい」または「できる」ことについて、こちらからも提案するなど、お互いにすべてを考えつくしたといえるだけの状況を作る以外にありません。3つのステップでいうところの②をしっかり行うということです。

また、あなたが勝ち誇ったような態度をしていることが、相手の「失望感」や「後悔」を招いている可能性もあります。そのような態度は控えましょう。

ときには、交渉成立後に、なにか残されていたことがわかれば、交渉を再開して、「合意後の合意」をするというのも考えられます。

結局、双方の満足度を高められるように、相手に敬意を払うということです。

失望させないように

 

「高揚感」「幸福感」を抱いてもらう


相手に満足を与えながら、自分も満足を得ることができれば、交渉は大成功といえます。その意味で、相手にいかに高揚感や幸福感を抱いてもらうかということが大事です。交渉の内容自体はそれほど相手に有利とはいえなくても、あなたが敬意を払って接することで、相手は幸福感を得ることができるかもしれません。相手はその点に価値を置いているとすれば、それは相手にとっても成功した交渉とすらいえます。

また、相手の提案をそのまま受け入れるよりも、逆に相手に不利な条件をつけた対案で協議を続けて交渉するほうが、満足度が高いという研究結果もあります。相手の提案はそのまま飲まないことも幸福感や高揚感をもってもらう作戦のひとつです。

相手にどうすれば、幸福感や高揚感を持ってもらえるのか、相手の情報を事前に整理して、準備をすることがとても大事です。

交渉してよかったと思えるように

 

感情に対応することは、相手を操作することではない


相手の感情に対応してうまくコントロールすると説明すると、相手を操るとか、何かきな臭く聞こえるかもしれません。しかし、そうではありません。

ポジティブな場合を除いて、相手も自ら好んで感情的になっているのではありませんし、感情的なっていることは相手にとって不利な状況にあることを意味しています。その状態を脱して、交渉のテーブルに戻すお手伝いをするというだけです。

相手を相手にとって良い方向に影響を与えているだけですので、相手の感情に直接影響を与えることをどうか恐れないでください。

感情に対処することは相手を操ることではない

 

今回の相談


さて、今回のご相談ですが、相談者をAさんと呼びましょう。Aさんとしては、バイトを続けるという選択肢もあるかもしれませんが、これまでの不満も募っていることを考えると、ここでは交渉の目標は、「バイト先を穏便にできるだけ早く辞める」ということにすべきでしょう。

それに対して、交渉相手である店長の交渉の目標はなんでしょうか。店長は、「代わりを入れないと辞めさせない、勝手に入って勝手に辞めると損害を賠償してもらう」などと感情的に発言しています。とすると、店長の交渉の目標は「Aさんに引き続き今の条件で働いてもらう」という点か、「Aさんが代わりを探さずに今すぐ辞めるのであれば店の損害を負ってもらう」ということでしょうか。

後者は、法律的にみればなかなか難しい主張ですが、タイミングによっては辞められると困るという点もあると思いますので、ここでは交渉の目標としては一応受け入れてみましょう。

そうすると、Aさんとしては、店長とAさんでお互いに分け合える点を探すことになります。店長の話をじっくり聞いて、適宜質問をするというのが通常のセオリーです。

しかし、店長もやや感情的になってしまっていて、簡単には話を聞けそうにもありません。

店長のいまの感情はなんでしょうか。損害賠償をすると脅していることからすると、Aさんが辞めると告げたことに、怒りと不安を感じていると推測できます。

店長の立場に立てば、繁忙期に辞められると困るという気持ちは、わからないではありません。

そこで、Aさんとしては、冷静になり、店長に対して、この時期に自分が辞めるとお店が回らなくなるという点で、お怒りになられている点は理解できます、と伝えて理解をまずは示しましょう。そうしないと、店長との話が続けられません。

いったん理解を示し、店長の怒りを鎮めたうえで、Aさんとしてはでは、どうすれば店長の希望とAさんの希望が両立できるかを検討する必要があります。

たとえば、退職時期は確定させたうえで、それまでの間は、変更前の重くない作業でしばらくバイトを続け、その間に店長に新しい人を探してもらうなどです。

もちろん、このような自分のパワハラにも気づいていない店長と、そんなにスムーズには話は進まないかもしれません。甘すぎると思われる方もいらっしゃるでしょう。残業代も払われていないことですし,弁護士的な回答としては,退職の意思表明と残業代請求を兼ねた内容証明郵便での通知を出すというアドバイスのほうが良いのかもしれません。

ですが,穏便に辞めたいというAさんの目標からすれば,そのような強硬な手段は最後のバトナとしてとっておくべきであり,まずは話を続けることが大事です。大事なことは,店長の脅しに対してこちらが過度に反抗したりおびえたりするのではなく、感情を認めたうえで話を続けることではないでしょうか。脅しのようなことを言ってきたからといって,こちらも同じくらい強気で返してしまうと対立してしまい,話が継続できません。話し合うなかで,お互いが与え合うことができる点を見つけるように努力するということが大事だと思います。

いかがでしょうか。

 

ではまた次回。更新は毎週火曜日です。相談も引き続き募集しています。

Illust by chamko ranimasha krasnova-shabaeva ,Monica BlattonKrysthopher Woods

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