第18話 バイアスに立ち向かう~自分のモノは高く感じる「授かり効果」、モノと自分を切り離せない人たち~

手放せない夫


今回のご相談は,古くなった家具を手放せない夫に関する話です。

夫がせこくて困っています。結婚して1年の夫婦ですが、結婚当初にお金がなかったので、家具や家電は夫の一人暮らしのときに使っていたものを持ち寄りました。夫は家具が好きなので、ソファやテーブルなどはそこそこの値段がするものです。私は姉と二人暮らしをしていたので、家具や家電はそのまま姉に置いてきました。私としては、本当は新しい暮らしに使い古したものは嫌だったので、説得して、洗濯機と冷蔵庫だけは新しいのを買いました。ですが、それ以外の主な家電や家具は、夫がまだ使えるからと言ってききませんでした。落ち着いたら買いなおせばいいと一応私も納得はしました。1年が経ち、すこしお金がたまってきたので、テレビとソファを新しいものに買いなおしたいと夫に提案しましたが、もったいない、まだ使えるだろと言って賛成してくれません。もう10年近く使っているものですし、正直そのテレビもソファも私と夫が出会う前から使っていたものなので、なんだか嫌なんです。どうやって夫を説得したらよいでしょうか。

 

おさらい


さて、まずはこれまでの復習です。交渉は3つのステップで検討しましょう。①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という3点です。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。交渉を何のためにするのか、あなたが交渉で何を得たいのか、きちんと決めておくことが大事です。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを探りましょう。相手を理解するためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2点がポイントです。相手の話は聞きすぎと思うくらい、全体の8割は聞くことに徹します。自分の話になると人はついついしゃべり過ぎてしまうので、感覚としては多くても2割くらいです。

相手に接する際には、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払うようにしましょう。そうすれば、話を聞くだけでもとても多くの情報を得ることができます。時には感情的になるときもありますが、感情は悪いものではないので、うまく付き合いながら交渉を進めることが大事です。

交渉を行う際に避けられない障害が人のこだわりや偏見(バイアス)です。見たいものしか見ないバイアス、過去に囚われるバイアス、目立つ情報にすぐに飛びつくバイアス、自己中心主義や自信過剰のバイアス、言い方(フレーミング)によるバイアスなど、いろいろなバイアスがあります。今回は、同じモノでも自分のモノだと特に高い価値を感じるバイアス、授かり効果のバイアスについて考えていきたいと思います。

 

自分のモノを高価に感じる「授かり効果」


金額を交渉する場面では、その価格が妥当かどうかについて、自分が買手になるか売手になるかでズレが生じるものです。自分が売る側にまわったときには、買手から提示された価格が「安すぎる!」と感じますし、逆に買手にまわった場合には売手の提示額が「高すぎる!」と感じがちです。これはモノだけではなくサービスやそのほかの何かとお金を交換しようとする場合にたいてい起きる感覚です。

このような価値判断のズレは、「授かり効果」と呼ばれます。自分がモノを「授かって」所有しているときには、それを所有していない場合よりも、そのモノの価値を高く評価してしまう現象、バイアスです。

これを検証するために、同じ金額のマグカップとスイス製のチョコを交換するという実験が行われました。マグカップを与えられた人のうち、それを同じ価格のスイス製の板チョコと交換した人は11%だったところ、逆に、その板チョコを与えられた人のうち、同じ価格のマグカップと交換した人も10%しかいなかったそうです。この実験からわかるのは、モノの価値が同じでも、いったんそれを所有したことで、それ以上の価値が加わってしまい、モノがもともと持っていた価値、客観的価値だけでは手放すのが惜しくなるというバイアスがかかるということです。

前回のブログでフレーミングについて説明しました。人は、利益を得る際は確実性を求めてリスクを避ける反面、損失についてはより強い苦痛を感じてしまい、避けたい思いが強すぎてリスクに走ってしまう傾向にあります。授かり効果についても、人は既に持っているモノと同じ価値のものを交換するより、持っているモノを失うほうが苦痛が強いため、授かり効果が働くといわれています。

ただ、失う場面だけではなく、あるモノを持っている人は、それをさらにもう一つ手に入れる際にも、何も持っていない人よりもそのモノの価値を高く評価するそうです。ある実験によると、マグカップを与えられた人は、おなじマグカップをいくらで買うか値段を決める際に、マグカップを与えられていない人よりも、高い値段をつけるそうです。

持っているモノを失う場面だけではなく、もう一つ同じモノを手に入れる場面でも高い価値を感じるということは、失うことに対する強い拒否感から価値を高くつけるというわけでは必ずしもなさそうです。どちらかというと、自分が所有している、自分のモノだ!という愛着感から、価値を高くつけるという心理状態のほうが正しいといえそうです。

たいていの人は、自分自身を肯定的に評価していますから、モノを手に入れることでモノとの自分とのつながりができ、モノにも肯定的な評価=市場価格以上の価値を感じてしまうということのようです。自分のカラダの一部という感覚が生まれて、より価値のあるモノという感覚になるのかもしれません。

自分のモノは高いのです

 

参照点を調整して授かり効果のバイアスを減らす


この愛着感があるモノを失うことを損失と考えてしまうと、モノの市場価値以上の価値のものとでないと交換したくない気持ちが強くなり、交渉がうまくすすまなくなってしまいます。どうすればよいでしょうか。

前回のブログでは、モノを失うという視点から、モノを得るという視点に転換すること=参照点を調整することの大事さを考えました。授かり効果は、愛着感のあるモノを失うことの拒否感が、そのモノを本来の価値よりも高く感じさせているのですから、モノを失うことから目をそらさせることができれば、本来の価値よりも高く感じさせるということも防げそうです。

つまり、「モノを所有している状態」を参照点として、モノを失うこと(=損失)と比較するのではなく、「相手が交換してくれようとしているモノを持っていない状態」を参照点にして、「交換によってモノを得た状態」(=利益)と比較することができれば、交渉をうまくすすめることができそうです。

そのためには、失うモノはできるだけ意識してもらわないようにし、受け取ったモノ(≒お金)で何がしたいかを考えてもらうようにしなければなりません。損失に注目させるのではなく、利益に注目させる必要があります。授かり効果のバイアスも、所有欲という人の本能に根差している非常に強いバイアスですので、簡単には取り除けませんが、うまくフレーミングを活用して対応しましょう。

これからもらえるものに目を向けてもらいましょう

 

あなたが交換するモノに愛着を持ってもらう


また、あなたがモノを渡す側だとすると、できるだけ相手にそのモノに愛着を持ってもらい、交換したくなるように働きかけることが大事です。そのためには、たとえば、実際にそのモノに触れてもらったり、預けてみたり、それが無理なら自分の物になった状態を想像してもらうだけでも、所有の感覚を抱かせることは可能です。そうすれば、授かり効果が逆に発揮され、相手もあなたが提供するモノを受け取りたいという気持ちになり、うまく交渉を進めることができるでしょう。車を試乗してもらったり、試供品を利用してもらったりといったサービスも、このような効果をうまく利用しているといえます。

モノを愛してもらう

 

今回の相談の検討


さて、冒頭の相談の検討に戻りましょう。相談者をAさんとします。まずAさんの交渉の目標(①)は、「テレビとソファを買いなおす」ということのようです。

次に、夫の考えを理解する必要があります(②)。夫の反応は「もったいない、まだ使えるだろ」ということです。これは、夫が節約家、Aさんが言うところのせこい性格からの発言であるとも考えられます。ですが、Aさんの「私が夫出会う前から使っていたものなので、なんだか嫌なんです」という発言が気になります。Aさんは、自分が出会う前に使われていたモノ、自分以外の思い出があるかもしれないソファを使いたくないという思いがあるのでしょう。このような思いが一方的に生まれるとは考えにくいので、このテレビかソファについて、夫がAさんに何らかの思い出(もしかしたらAさん以外の異性との何か)を言ったことがあるのかもしれません。これはあくまでも想像ですが、もしそうだとすると、夫がこれをあえてまだ使い続けるということも、別の意味が出てきそうです。夫は、この思い出を、意識的か無意識的かはわかりませんが、失うことに少しだけ抵抗感があるのかもしれません。

もちろん、だからといって、それ自体で夫を責めるのも筋違いかもしれません。夫にそこまでの深い考えはないかもしれないからです。

そこで、Aさんとしては、夫に、失うソファやテレビ(そしてそれらの思い出)から目をそらさせ、新しいソファやテレビの良さを伝えることで、得られるモノ(そしてそこから生まれる新しい夫婦の思い出)に目を向けさせることが必要になってきます。実際にソファを夫と見に行って、触れてみて、部屋に置いている状況を想像してもらうのも良いでしょう。新しいソファがある日常、ソファで休日に2人でくつろぐ様子を想像してもらうのもよいでしょう。そこから今後の2人の生活に思いを馳せてもらいましょう。以前のソファがあった過去の思いでから目をそらさせ、新しいソファとともに家族で過ごす生活を想像してもらうことができれば、あなたの交渉もうまくいくはずです。

この夫には、ソファそのものの良さを伝えてもあまり効果をなさそうです。参照点を探り当てて、うまく視点を変えさせるようにしましょう。もちろん、これだけで交渉がうまくすすむわけではありませんが、一歩前に進むことができるようになるでしょう。

 

今週はここまで。更新は原則火曜日です。ご相談、ご意見ご感想お待ちしております。

一番下にコメント欄がありますよ。

illustrations by Martina Skender, Joan M. Mas

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