第35話 交渉と食事の関係~交渉相手とは食事を一緒にするべきか

今日の相談


今回の相談は、交渉相手と食事を一緒にするべきかどうかというものです。仲の良い相手であればよいのですが、これからヘビーな交渉をしようというときに、和気あいあいと食事はしにくいという意見もあるでしょう。さてどうでしょうか。

私は工業用機械を製造する会社の営業に勤めています。このたび町工場から仕入れている機械の部品を、大幅に値下げしてもらうか、取引を打ち切ってより安い海外製に切り替えるかの検討をしています。町工場とは長年の付き合いですが、弊社が一番の取引先なので、もし打ち切れば会社は倒産するでしょうし、大幅に値下げをしてもおそらく立ち行かなくなるだろうと思います。町工場の社長は私が新人社員のころから知っていますし、家族とも顔なじみなので、社長にこの話をするのがとても辛いです。心を鬼にして言わなければと思っていたところ、社長から飲みに誘われました。こんな状況ですから気は進まないのですが、今後のことを伝える良い機会かなとも思いますし、どういうふうに伝えればよいでしょうか。

 

 

これまでのおさらい


まずは、与えあう交渉のこれまでのおさらいです。もう知っているという方は読み飛ばしてくださいね。

交渉は基本的には3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という順番で進めていきます。

①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの、叶えたい状況」のことです。何のために交渉をしているのかがわからないと、意味のない交渉を続けてしまうことになります。交渉の迷路に迷い込まないように、ゴールを設定しておくことが大事です。目標は具体的であればあるほど望ましいです。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2つだけです。相手の話を聞くだけというと、簡単そうにも思えますが、実際には人の話を聞くことはそんな簡単なことではありません。人の話を聞いていると思っている人ほど、実は全く聞けていません。ついつい遮ってしまいがちです。忍耐力がいるものだと理解したうえで、交渉の時間の8割以上は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。たとえ生理的に嫌いな人でも、礼儀として敬意を払うことはできるはずです。感情的になるのは仕方ありません。感情が交渉の邪魔をすることもありますが、交渉前から感情的になっている方には、その感情をネガティブに受け取らずに認めてあげて、根気強く話を進めていく必要があります。交渉中は一番感情的になりやすく、開始時の不安から始まり、怒りや高揚感などを経て、失望や悲しみや後悔あるいは幸福感などが生じます。これらのうちネガティブなものは事前に準備をすることで防ぐことができます。ネガティブな感情は準備をすることで防ぎ、相手にはポジティブな感情を抱いてもらうようにしましょう。

感情についても言えますが、人は一人ひとり考え方や、物事の見かたが違います。見たいものしか見えない盲点もありますし、過去のことに囚われて抜け出せないこともあります。目立つ情報にすぐに飛びつくバイアスや、自己中心主義や自信過剰のバイアスもあります。言い方(フレーミング)によるバイアス、同じモノでも自分のモノだと特に高い価値を感じるバイアス、そして最初に提示された条件から逃れられなくなるバイアス(アンカリング)もあります。人である以上、そのことを責めることはできません。ただ、あなたが相手のこと、また自分のことを知るうえで、バイアスの影響は避けることができません。

交渉では嘘やごまかしもつきものですし、つきたくなるバイアスがあります。どうすれば相手の嘘やごまかしを防ぐことが出来るのか、どうやって見分けるのか、嘘やごまかしと見破ったとしてどうすればよいか、自分が嘘やごまかしをしたいと思ったときどうするかなど、いろいろな場面があります。嘘やごまかしは自分や相手の勘違いの場合もありますので、まず立ち止まって、意図的なものなのか改めて検証しましょう。それでも嘘をつかれればそれをうまく指摘する必要があります。ただあなたがごまかしたいと思うときはたいてい準備が足りないだけですし、ごまかしにメリットはないのでやめましょう。

またそもそも、誰と交渉するかということも大事です。あなたの目標に意味のある人、決定権限のある人と交渉すべきですし、その人と交渉できないのであれば、間接的に影響力のある人をこちらの見方につけてその背後の人と交渉する必要があります。

③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうときに、同時に相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。「お返し」というステップを加えることで、自分だけではなく相手にも目を配ることができて、交渉が失敗することを防ぐこともできます。

「お返し」として「何を」与え合うかは、段階的に、「想像力」と「創造力」を活用して選びとります。相手に敬意を払う姿勢がこれらの力を源となりますので、敬意を払う姿勢を忘れないでください。ただ、注意しないといけないのは、「お返し」として金銭的なものを選ぶのは逆効果になることがあるということです。「お返し」に何が効果的かは相手との距離感によります。

お返しを「どう」与えあうか、与えあう方法として、まだ好意的な関係が築けていない場合、論理的な交渉、つまり、①合理的な理由や根拠と、②交渉の目標との間の因果関係があることが有効です。根拠や理由には、法律や規則だけではなく、相手自身のルール、自分ルールもこれにあたります。相手の自分ルールがわかれば相手自身で自分を説得してもらうことも可能です。そのために謝罪が必要な場面があれば、臆することなくそこまで行うことも必要です。

与え合う際には、あなたの中での公正さと目標達成のためのずる賢さが対立するかもしれません。何が公正かは人によって違います。悩んだときは、そもそもあなたがどんな人間でありたいかということに立ち返ると答えが出るでしょう。

与え合うことの難しさから、理想論だとあきらめそうになりますが、奪い合いよりも与えあうほうがあなたの交渉の成功率は高まりますので不安になる必要はありません。

ついつい、自分と相手の「間を取ろう」と思い、「落としどころ」を作ってそのために無理な条件から始めることもありがちですが、自分の目標と違う結果を目指すと、なぜそうしたいのか相手に説明できず、かえって交渉が難航しますし、意味のない交渉をしてしまいがちです。自分の目標に集中して相手と与えあうということを愚直に求める姿勢が大事です。

与え合うという姿勢や視点に、男女間で違いはありません。人は一人ひとり違うのですから、目の前にいるその人に意識を集中して交渉するようにしましょう。

 

今回の相談は、交渉の際には、食事を一緒にするべきかどうかという問題です。

 

 

交渉は雰囲気が重要


ビジネスの交渉の場面では、交渉相手と会食をするということがよくあります。ビジネス以外の夫婦や親子など近しい関係であれば、むしろ食事をしながらの交渉のほうが日常的かもしれません。

食事が交渉を円滑に進めるかについては、わずかですが研究結果も報告されています。ただその報告では、交渉が円滑にまとまったという研究報告もあれば、特に影響はなかったという報告もあるそうです。どう考えるべきでしょうか。

交渉では、自分の目標と一緒に、相手の交渉の目標も理解して、相手が何を重要とみて、何を重要とみていないかを把握する必要があります。そのうえでお互いに交換できるものがあれば交換し、交換できるものがなければ、その場で一緒に創造するという工程が必要になります。この交換できるものを一緒に探したり作り出したりする作業は、相手との円滑なコミュニケーションが必要不可欠です。そのための雰囲気づくり、場づくりとしての手段として、食事を共にするということは有効です。食事を一緒にすることでお互いの好みがわかったり、プライベートな会話をするきっかけとなったりと、より共同作業をしやすい雰囲気になれる可能性が高まります。

ただ、初めて対面する方との交渉であれば、雰囲気作りが非常に重要ですが、すでに近しい関係にある場合には、雰囲気作りが必要な場面は少ないので、食事はそれほどの効果を発揮しないかもしれません。

 

 

どんなときでもお腹は減る


交渉はエネルギーが要ります。単純な話ですが、空腹状態では集中力がもたない可能性があるため、交渉がハードであればあるほど、適宜休憩をはさむ必要があります。どうせコーヒーブレイクをとるのであれば、相手と一緒にとるほうが、相手と仲良くなれるチャンスが増えますのでお勧めです。こういう休憩時間のちょっとした雑談が、難解な交渉を紐解くきっかけになったりすることもあります。

また、ある報告では、食事が血糖値を上げるため、脳が活発に動き、より創造的な交渉ができるというものもあります。もちろん、食べ過ぎはやめましょう。

 

 

アルコールは摂取すべきか


食事を共にすることは交渉に有効だとしても、そこにアルコールがはいると、また状況はかわります。

アルコールは集中力を散漫にさせ、感情のタガも外しやすくするため、交渉がシビアな場面であれば、逆効果ともなりかねません。

ただ、集中力が散漫になるということは、物事に固執しないという意味でもあります。研究によると、アルコールを摂取した場合のほうが、しらふの場合よりも直感的なひらめきを重視して解決を導きやすいそうです。

また、アルコールは心の抑圧を下げ、リラックス効果をもたらします。

そうすると、交渉でもお互いに必要とするものを与え合うような創造的な作業の場面は、アルコールの力を借りることは、悪いことではないのかもしれません。

ただ、交渉でももちろん集中力が必要な場面もありますから、しらふの方がよい場面ももちろんあります。

交渉中にずっと食事をするわけではないでしょうから、交渉で食事を共にするときは軽くアルコールで乾杯をするというのが、どうやら無難なようです。

 

 

結論


そうすると、よほどシビアな交渉あるいは、一方的に条件を伝えるしかないような状況であれば食事までしないほうが良い場合もありますが。通常は、食事を交渉相手と一緒にできるのであれば、したほうが良いということになります。このとき、食事の後に難しい交渉が控えていないのであれば、アルコールも交えて、できれば交渉以外のざっくばらんな雑談などをすると、相手の以外な一面をみることができて、交渉がより創造的なプラスな方向に進められるでしょう。

ただ、あまりざっくばらんすぎて、余計なことを言ってしまわないように注意する必要はあります。お酒が入るとついついしゃべりすぎて、相手に不快な言葉を言ってしまう人もいますから、すくなくともあなたはそういった失敗をしないように、そして相手がそういった失敗をしても多めに見てあげるようにしましょう。

 

 

今回の相談の回答


さて今回の相談です。今回の営業社員をAさんとし、町工場の社長をB社長とします。Aさんは、これまでより値段を大幅に下げるか、取引自体を打ち切るかという大変厳しい条件をBさんに伝えなければいけない状況です。BさんはAさんを飲みに誘っていますが、アルコールが入った状態では、Aさんの提案にBさんは大変ショックを受け、感情的になってしまう可能性があります。Aさんとしては、冷静に淡々と伝えざるを得ないでしょうし、雰囲気としても友好な雰囲気だけでどうにかなるものでもないことからすれば、食事という場ではやめたほうがよいかもしれません。

ただ、Bさんの立場から見れば、少し違う結論になりそうです。どういうことかというと、Bさんとしては、Aさんの二つの条件はどちらも大変厳しく受け入れることが難しいでしょう。この場合、Bさんは第三の条件を考えてAさんに受け入れてもらうことが必要となります。その場合、Bさんは少しでも友好的な雰囲気を作り、Aさんの目的も達成できて、Bさんの目的も達成できるような妙案を創造していかなければなりません。そのためには、食事をAさんとすることは、Bさんにとっては有効な方法だと思われます。Aさんの会社が会社の利益のために値下げか海外製に切り替えを考えているのであれば、Bさんから仕入れても会社の利益になるように、新たな条件を必死でBさんは考えるでしょう。その際に食事を一緒にして友好的な雰囲気を作れば、Aさんにもよりよく伝わる可能性が高まるかもしれません。

Aさんとしては、Bさんがこのようなタイプの人かどうかも見極めたうえで、伝えるタイミングを考えるということが一番大事ということですね。

 

今回はここまで。

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