第36話 対等ではない相手との交渉

今日の相談


今日の相談は、雇っている側と雇われている側という力関係に格差のある間での交渉についてです。一見すると、従うしかないようにも思えますが、さてどうでしょうか。

 

私は中学生の受験対策の塾でアルバイトをしています。この塾は塾長が個人経営していて、講師は塾長と私を含めたバイトの3人だけの小さな塾です。バイト料は、講義に塾長も補助でついて1講義あたり2000円です。半年ほどで塾長の補助もなくなり、塾長やもうひとりのバイトの方よりも、私の講義のほうがわかりやすいと塾生の間でも人気になりました。もう一人のバイトのかたは1講義3000円ですので、そろそろバイト代を上げてほしいと塾長に言ってみたら、予想外に、「講義がまだ未熟だから上げない、嫌ならいつでも辞めていいよ」といわれました。ショックでした。私ともう一人のバイトの方では、やっている仕事の内容は変わりませんし、納得できません。ただ、塾生はみんな慕ってくれていますし、周りには他に塾はなく、辞めたいとまでは思いません。どうすればよいでしょうか。

 

 

これまでのおさらい


まずは、与えあう交渉のこれまでのおさらいです。もう知っているという方は読み飛ばしてくださいね。

交渉は基本的には3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という順番で進めていきます。

①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの、叶えたい状況」のことです。何のために交渉をしているのかがわからないと、意味のない交渉を続けてしまうことになります。交渉の迷路に迷い込まないように、ゴールを設定しておくことが大事です。目標は具体的であればあるほど望ましいです。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2つだけです。相手の話を聞くだけというと、簡単そうにも思えますが、実際には人の話を聞くことはそんな簡単なことではありません。人の話を聞いていると思っている人ほど、実は全く聞けていません。ついつい遮ってしまいがちです。忍耐力がいるものだと理解したうえで、交渉の時間の8割以上は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。たとえ生理的に嫌いな人でも、礼儀として敬意を払うことはできるはずです。感情的になるのは仕方ありません。感情が交渉の邪魔をすることもありますが、交渉前から感情的になっている方には、その感情をネガティブに受け取らずに認めてあげて、根気強く話を進めていく必要があります。交渉中は一番感情的になりやすく、開始時の不安から始まり、怒りや高揚感などを経て、失望や悲しみや後悔あるいは幸福感などが生じます。これらのうちネガティブなものは事前に準備をすることで防ぐことができます。ネガティブな感情は準備をすることで防ぎ、相手にはポジティブな感情を抱いてもらうようにしましょう。

感情についても言えますが、人は一人ひとり考え方や、物事の見かたが違います。見たいものしか見えない盲点もありますし、過去のことに囚われて抜け出せないこともあります。目立つ情報にすぐに飛びつくバイアスや、自己中心主義や自信過剰のバイアスもあります。言い方(フレーミング)によるバイアス、同じモノでも自分のモノだと特に高い価値を感じるバイアス、そして最初に提示された条件から逃れられなくなるバイアス(アンカリング)もあります。人である以上、そのことを責めることはできません。ただ、あなたが相手のこと、また自分のことを知るうえで、バイアスの影響は避けることができません。

交渉では嘘やごまかしもつきものですし、つきたくなるバイアスがあります。どうすれば相手の嘘やごまかしを防ぐことが出来るのか、どうやって見分けるのか、嘘やごまかしと見破ったとしてどうすればよいか、自分が嘘やごまかしをしたいと思ったときどうするかなど、いろいろな場面があります。嘘やごまかしは自分や相手の勘違いの場合もありますので、まず立ち止まって、意図的なものなのか改めて検証しましょう。それでも嘘をつかれればそれをうまく指摘する必要があります。ただあなたがごまかしたいと思うときはたいてい準備が足りないだけですし、ごまかしにメリットはないのでやめましょう。

またそもそも、誰と交渉するかということも大事です。あなたの目標に意味のある人、決定権限のある人と交渉すべきですし、その人と交渉できないのであれば、間接的に影響力のある人をこちらの見方につけてその背後の人と交渉する必要があります。

③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうときに、同時に相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。「お返し」というステップを加えることで、自分だけではなく相手にも目を配ることができて、交渉が失敗することを防ぐこともできます。

「お返し」として「何を」与え合うかは、段階的に、「想像力」と「創造力」を活用して選びとります。相手に敬意を払う姿勢がこれらの力を源となりますので、敬意を払う姿勢を忘れないでください。ただ、注意しないといけないのは、「お返し」として金銭的なものを選ぶのは逆効果になることがあるということです。「お返し」に何が効果的かは相手との距離感によります。

お返しを「どう」与えあうか、与えあう方法として、まだ好意的な関係が築けていない場合、論理的な交渉、つまり、①合理的な理由や根拠と、②交渉の目標との間の因果関係があることが有効です。根拠や理由には、法律や規則だけではなく、相手自身のルール、自分ルールもこれにあたります。相手の自分ルールがわかれば相手自身で自分を説得してもらうことも可能です。そのために謝罪が必要な場面があれば、臆することなくそこまで行うことも必要です。

与え合う際には、あなたの中での公正さと目標達成のためのずる賢さが対立するかもしれません。何が公正かは人によって違います。悩んだときは、そもそもあなたがどんな人間でありたいかということに立ち返ると答えが出るでしょう。

与え合うことの難しさから、理想論だとあきらめそうになりますが、奪い合いよりも与えあうほうがあなたの交渉の成功率は高まりますので不安になる必要はありません。

ついつい、自分と相手の「間を取ろう」と思い、「落としどころ」を作ってそのために無理な条件から始めることもありがちですが、自分の目標と違う結果を目指すと、なぜそうしたいのか相手に説明できず、かえって交渉が難航しますし、意味のない交渉をしてしまいがちです。自分の目標に集中して相手と与えあうということを愚直に求める姿勢が大事です。

与え合うという姿勢や視点に、男女間で違いはありません。人は一人ひとり違うのですから、目の前にいるその人に意識を集中して交渉するようにしましょう。目の前にいるその人と交渉するのは雰囲気も重要です。近しい関係であるほど交渉は進めやすため、交渉中に食事を一緒にするのも効果的です。

 

さて、今回の相談は、目の前の交渉相手とあなたとの間に格差がある場合、その格差を埋めてどうやって交渉するのかという問題です。

 

 

対等ではない交渉とは


交渉は、相手のことをよく理解して、お互いに交換し合うことで成り立ちます。ところが、こういう説明をすると、「それは対等な関係の場面ではできるかもしれないけれど、上下関係のある相手との間ではできません」といわれがちです。たとえば、ビジネスの場面で相手はお得意様で取引を打ち切られたら絶対に困るような場合、こちらとしては相手の条件を飲むしかないので、与えあう場面はないというものです。ビジネス以外の場面でも、たとえば専業主婦の奥様は、夫に対して友達とランチや遊びに行くことを言いにくいそうです(上下関係なんてないのに!)。

この場面では、大きく二つの問題に分けられると考えられます。①そもそも上下関係があるのか、②上下関係があると不利なのか、という問題です。一個ずつ考えてみましょう。

 

 

上限関係がそもそもあるか問題


たとえば、ビジネスの場面を考えてみます。あなたは珍しい生地を製造する会社を経営しています。最初は細々とやっていましたが、あなたの会社の生地に目を付けた新進気鋭のデザイナーが大手のアパレルと組んで、継続的に買ってくれるようになりました。気が付けば、生地の売上の70%をそのアパレルに依存するようになりました。ところが、そのアパレルが方針転換をして、生地の値段を大幅に下げない限り取引を打ち切ると迫ってきました。交渉の余地はないと言われています。会社の倒産を避けるためには、取引を打ち切ることは避けなければなりません。

さて、この場合、あなたと相手との間には力関係、上下関係はあるのでしょうか。

確かに、あなたとしては、取引の継続以外には選択肢がありません。交渉の世界では交渉が決裂した場合に次にとるべき最も良い選択肢のことをバトナと呼びます(詳しくは第4話で)。

第4話 交渉決裂に備えた準備は必要か

 

あなたには、交渉継続以外のバトナがないので、相手の無茶な要求もしぶしぶ飲まざるを得ないように思えます。交渉の余地なしなんて言われれば猶更です。

ですが、相手はどうなんでしょう。相手はあなたとの取引が打ち切られたら困らないのでしょうか。言い換えると、相手にとって、あなたと取引を継続する以外の選択肢(バトナ)があるのでしょうか。相手にとってバトナがなければ、実はあなたのほうが交渉の力が強い可能性があります。相手はそれを隠して、脅すように条件を飲ませようとしているだけかもしれません。

自分に他にとることのできる選択肢(バトナ)がないと、それだけで相手の方が立場が上のように感じてしまいます。ですが、相手にも他に取ることのできる選択肢(バトナ)がなければ、力関係は変わりません。そして、実際に、力押しで条件交渉を進める相手ほど、実際には自分にも大したバトナがないことが多いのです。無いからこそ、合理的・論理的に説得するのではなく、力押ししてくるということです。

あなたは、実は上下関係・力関係があると思い込んでいるだけかもしれません。まずは、自分にバトナがないのか、相手にバトナがあるのか、自分が感じている力関係が存在するかどうか疑いを持ち、相手から情報を引き出すことが重要になります。

また、ビジネスの場面ではなく、人間関係に関する交渉ですと、相手と対等ではない場面はほとんど存在しません。人間関係の問題は、その9割が感情面の問題ですが、感情は適切に対応すれば、解消することが可能だからです。感情のせいで無茶な要求をそのまま飲まなければいけない場面はありません。専業主婦だからといって、何も遠慮することなく友達とランチに行けばよいのです。家事も立派な仕事ですし、奥様が専業主婦であることが、夫が威張って良い理由になんかなりません。

そういう意味でも、交渉で対等ではない場面というのは、あなたが思っているほど多くはありません。

 

 

弱さを武器にする


対等ではない場面が多くはないといっても、そういう場面もあります。アパレル会社がその生地の商品の販売量を減らす方針だったり、他に同じような生地をもっと安く売る業者が出てくれば、安くしない限り取引を打ち切るという条件は全くおかしなことではありません。

こういう場面では、あなたが力が弱いと理解したうえで、その弱さを強みにすることが有効です。誰だってあからさまな弱い者いじめはしたくありません。弱い者いじめは信用や評判を傷つけますから、心のうちでどう考えるかはともかく、みんな信用や評判を傷つけたくないからです。弱い者いじめをする企業や人は、そのうち誰からも相手にされなくなりますから、そういう評判が立たないようにすることが相手にとっても重要です。この点をうまく突きましょう。「そのような条件ですと、弊社は倒産してしまいます。その場合、弊社の取引先の連鎖倒産もあり得ます。その点についてはどうお考えでしょうか?」と、ストレートに聞いてみましょう。そのうえで、どうすればよいか一緒に考えてほしいと率直に伝えましょう。それだけで全てが解決するとはいいませんが、相手もあなたの影響を緩和する別の方法を考えてくれるかもしれません。

極端な弱さは武器にもなるということを覚えておきましょう。

 

 

力を増やす


あなた一人では難しいのであれば、同じ利害関係を持つ人と協力して、力を増やすという方法も有効です。労働問題で、労働者同士が労働組合を作るといったことが典型例です。一人で無理なら数で勝負しようということです。

ただ、この方法は、その協力する人との間での交渉も必要になりますから、その難しさはあるかもしれませんね。

専業主婦の奥様と夫の事例では、奥さまが実家のご両親や自分の兄弟姉妹を味方につけて、夫と交渉するというのも良いかもしれません(ただ、それで不用意に夫の感情まで逆なでしないようには注意しましょうね。)。

 

 

今回の相談の回答


さて、今回の相談を検討しましょう。相談者をAさんと呼びます。Aさんと塾長の間には力関係がありそうですね。「嫌なら辞めたら」とまで言われていますし。Aさんの交渉の目標は、バイト代を1講義3000円まであげてもらうことでしょう。相手方である塾長の交渉の目標は、Aさんのバイト代を現状維持にすること、他にはもしかしたらAさんが今後もいろいろ要求してこないように釘を打つという目的もあるのかもしれません。Aさんの講義が一番人気なので、塾長の嫉妬の気持ちもあるかもしれません。

一見すると、Aさんとしては辞めたくないなら、塾長に従うしかないようにも見えます。ですが、塾長はAさんが辞めても本当に良いのでしょうか。せっかくAさんの講義が人気なのに、ここでAさんが辞めると塾の経営に支障が出るかもしれません。Aさんとしては、塾長が本当にAさんが辞めてもいいと本気で思っているのか、単に「カマシ」として言っているだけなのか、塾長の本音を聞き出すことが重要です。Aさんが人気講師になりかけているのであれば、塾長としては、今のうちに上下関係をはっきりしておきたいという思いと、Aさんにもっと塾生を集める人気講師になってほしいという思いが交錯しているのかもしれません。

ここで重要なことは、Aさんが塾長の言葉をそのまま受け止めて、辞めるくらいなら塾長の言うことに従おうというのではなく、塾長の本音を聞き出し、そのうえでAさんも自分の思いを伝えるということです。そうすれば、ただ従うだけにするよりも、より良い関係性が築けるのではないかと思います。全てがうまくいくわけではありませんが、うまくいくようにチャレンジするということを忘れないようにしてください。

 

今日はここまで。次回も火曜日更新です。

Photo by M. Jeremy Goldman

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