第27話 交渉は論理的でなければならないのか?

あなたのためなのに…


今回の相談は、スイミングに行くのを嫌がる息子に悩む母親からのご相談です。いわゆる教育ママではなく、息子さんの健康のために通わせたいようですが、さて息子さんとどう交渉すればよいでしょうか。

息子がスイミングのレッスンを嫌がって行ってくれません。私の小学校1年生の息子はぜんそく持ちなので、お医者様にスイミングを勧めてもらいました。ですが、息子はスイミングよりも家でゲームが好きといって、行くのを嫌がります。水泳が嫌いとか教室で嫌いな友達がいるとかではなく、ただ面倒なだけのようです。少し肥満気味ですし運動してほしいのですが、外で遊んで喘息の発作がでてとても辛い思いをして以来、運動を嫌がります。息子の身体のためにはスイミングはとても良いと思うのですが、どうすればスイミングに行ってくれるでしょうか。

 

前回までのおさらい


まず前回までのおさらいからスタートです。交渉は3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という3点で確認していきます。

①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの、叶えたい状況」のことです。あなたが交渉で何を叶えたいのか、そのゴールを最初に決めてそれをきちんと意識することで、無駄な手間を省くことが出来ます。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、このふたつです。交渉に熱が入るとついつい自分のことばかり話過ぎてしまいますが、交渉ではどれだけ忍耐強く相手の話を聞くことが出来るかで成否が決まります。忍耐がいると割り切り、じっくり聞きましょう。8割以上は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。目の前の人を好きになるかどうかと、その人に敬意を払うかどうかは別の話です。嫌いな人でも一人の人として敬意を払うことはできるはずです。時には感情的になってしまうときもありますが、その感情が交渉を前に進める原動力にもなります。感情を抑えるのではなく、うまく付き合うという姿勢が大事です。

感情のほかに厄介なものとして、その人特有のモノの見方(バイアス)を考慮する必要があります。人は複雑な生き物で、何でも合理的に冷静に考えて行動できるわけではありません。ときには、自分の身を守るために、嘘をつくこともあり、うそやごまかしにも直面しても大丈夫なように事前の準備を欠かしてはいけません。

③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうときに、同時に相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。「お返し」というステップを加えることで、自分の利益だけに盲目的になって失敗することを防ぐこともできます。「お返し」は、お金の価値にこだわらず、段階的に、「想像力」と「創造力」をフル活用して選びます。相手に敬意を払う姿勢がこれらの力を源となりますので、敬意を払う姿勢を忘れないでください。

今回は、お返しを「どう」与えあうか、という点について検討してみます。具体的には、論理的に交渉をするという点についてです。

 

論理的であるとはどういうことだろう?


交渉について書かれた本を読むと、たいていどの本にも、論理的であることが必要だと説明されています。ロジックで交渉しようというわけです。

「論理的」とは何かということは、直感的にはわかっても、言葉ではなかなか説明がしにくい概念です。私も仕事がら、裁判所や相手方を説得するためにいろいろな書面を作成しますが、論理的な文章になるように意識して書いています。そのときに意識することは、自分が主張したいことや結論が、①客観的な裏付けや合理的な理由があること、②理由と主張したいこととの間に合理的な因果関係があるということです。

これを交渉の場面に置きなおしてみると、①あなたの交渉の目標・お願いに合理的な理由や根拠があること、②その理由があるのであれば、あなたの交渉の目標が実現されても良いよねと思える関係性(相当な因果関係)があること、ということになります。この際には、「お返し」とのつながりも必要です。ただ、実際には、①の理由が合理的であれば②も満たすことになります。

たとえば、あなたが高級ブランドの100万円の指輪を夫からプレゼントされたいとします。その交渉の目標を達成したい理由が、夫婦の間でそのブランドには特別の思い入れがあり、婚約指輪も同じブランドで、今回結婚20周年なので同じブランドの指輪を記念に欲しい、という理由であれば、①そのお願いにはそれなりに合理的と言えそうです。また、②収入やそれまでの夫婦関係にもよりますが、20周年ということまで考慮すれば、その100万円の指輪を買うということも、まあそうだよねといえるつながりがあるといえそうです。あなたが夫にそれなりの「お返し」も考えているとすれば、論理的な交渉といえるでしょう。

ところが、もし理由が、結婚20周年ではなく、「友達がそのブランドの指輪を持っているから、私も同じブランドのもっと高い指輪が欲しい」ということであれば、そもそも理由自体が合理的ではありません。夫が以前にあなたにそのブランドの指輪を買ってくれると約束していたということがあれば、①は満たすかもしれませんが、だからといって、100万円の指輪である必要はないということで、②は満たさないでしょう。

このように、論理的であるということは、あなたが叶えたいと思っている交渉の目標・お願いについて、あなた自身がなぜそれを叶えたいのか、きちんと説明できるかどうかということです。

交渉の目標を決めるときには、当然、あなたとしてはなぜそれを叶えたいのか真剣に考えて、目標を決めなければなりません。

そうすると、結局、交渉の目標をきちんと定めるステップができていれば、論理的な説明もできるということになります。逆に、論理的な説明ができない人は、交渉の目標を決めるステップができていないということになり、もう一度交渉の目標を決める段階からやり直す必要があるということにもなります。

 

論理は交渉の一つの道具に過ぎない


交渉の際に論理的である必要があるのは、そちらのほうが相手にお願いを聞き入れてもらいやすくなるからです。

逆を言えば、相手とすでにお願いを聞き入れてもらえる関係性ができていれば、論理的な交渉をする必要まではないということになります。「あなたのことが大切だから、○○して欲しい」で通用する関係なら、それ以上のロジックは不要なはずです。

子どもが自分にとって必要なことを親に求めるとき、親はそこにロジックを必要としません。親の子に対する愛情が親を動かします。恋人同士や夫婦同士でも似たような場合があるでしょう。こういう場合、両者の間には論理ではなく好意や愛情などの感情が強力に働いているので、その感情の力が交渉を一気に成功に導きます。たいていこの場合、プレゼントの「お返し」は、「相手からの愛情」です。

そうすると、論理的であるということは、感情では橋渡しできない部分を補完するものでしかないということになります。最終的には、交渉はお互いが相手のことまで思ってお互いに与えあう関係になることが理想です。ロジックはその関係を築くための橋渡しの一つの方法でしかなく、ロジックのみで交渉しようとする態度は、ドライな印象を相手に与えてしまい逆効果になりかねません。

ですので、ここでも、相手に敬意を払うという姿勢を忘れず、ロジックのみで、理詰めで相手を追い込んで交渉を成功させようという態度にならないように注意しましょう。

ただ、ビジネスの交渉では、相手との距離は遠いので、ロジックをうまく活用できないと、相手と近づくことすらできません。また、あなたが身近な関係だと思っている相手でも、相手があなたのことをそこまで好意的に受け止めていないこともあり得ますので、その意味では、敬意を払いながらも、交渉自体が論理的であることも必要となります。

そのため、あなたが交渉をする際には、ロジックのみで理詰めで交渉する態度は控えながらも、論理的に説明も怠らない、という姿勢がベストです。

理詰めでは伝わらないこともあります

 

論理的であるために必要な合理的理由とは


論理的であるためには、その交渉の目標に合理的な理由があることが必要と説明しました。ここでいう合理的な理由というのは、できるだけ客観的な理由、つまりあなただけが思うのではなく一般的に言っても合理的だよねと思われる理由が必要です。法律や規則、その業界でのルール、当事者間での約束事やルール、または倫理的・道徳的な考え方などに照らして、正しいと言えるかどうかということです。

私たち弁護士は、自分たちの主張が法律という客観的な基準に照らすと正しいということで、私たちの主張を相手に認めてもらうという交渉を日常的に行っています。これと同じことを、法律以外のルールや根拠をつかって交渉をすることが、論理的な交渉ということになります。

ですから、あなたが交渉をする際には、あなたの交渉の目標を正当化できるための基準やルールがないかを探すことが論理的な交渉のために必要です。ただ、身近な関係で法律を使うわけにもいきません。身近な関係では、お互いの過去のやりとり、約束、暗黙の了解にしていること、前提、何かの貸し借りなど、お互いの間でお互いに、「そういう理由なら納得!」といえる基準やルールのようなものがあると思います。好意の感情で交渉が進まないビジネス間の交渉や、あまり関係が良くない関係間での交渉では、特にこの点を意識して交渉してみましょう。

 

今回の相談


それでは、今日の相談の検討に進みましょう。今回は、気管支喘息を患っている息子さんに運動してもらうために、スイミングに通ってほしいお母さまのお悩みです。

お母さまの交渉の目的は、息子さんの肥満の解消や健康維持のためにスイミングに通ってほしいというものです。喘息であまり運動できない息子さんの健康を維持するために、お医者様からスイミングを勧められたということで、お母さまの交渉の目的は、とても筋が通っているように思えます。目標の理由も合理的ですし、目標との因果関係もありそうです。

それでは小学1年生の息子さんの交渉の目的は何でしょうか。息子さんは、スイミング自体を嫌っているというよりも、ただ動くことを面倒に感じているように見えます。テレビゲームが好きな年ごろなのかもしれません。そうであれば、ゲームよりもスイミングの楽しさを教えたり、そもそもゲームを自由にさせている環境を改めてゲーム以外に興味を持たせたりというのが正攻法でしょう。息子さんがゲームがとても好きなら、スイミングに通えばそのあとたくさんゲームをしてよい、といったお返しも思いつきます。

ただ、息子さんはまだ小学一年生ですから、肥満の解消だとか喘息に強い体にするとか、そういうことを理詰めで攻めても効果は薄いかもしれません。ゲームを取り上げられて癇癪を起す可能性もあります。

そんなときには、そもそもお母さまがなぜ息子さんをスイミングに通わせたいのか考えましょう。お母さまとしては、息子さんの身体のことをとても心配しているからです。息子さんの元気な姿をいつまでも見たいから、お金を払ってまでレッスンに通わせたいのです。ですから、お母さましては、そういう息子さんに対する愛情を、そのまま躊躇もごまかしもなく伝えてください。理詰めで交渉するのではなく、愛情から起こしている行動だと息子さんに伝えるのです。子どもを侮ってはいけません。小学1年生でも、母親が愛情で動いているかどうかはわかります。そうすれば、息子さんも、少しはお母さまの話に耳を傾けてくれて、一度くらいはまたスイミングに行ってくれるかもしれません。与えあう交渉は万能ではありませんが、少なくとも事態を一歩前にポジティヴには進めてくれるはずです。

愛情を伝えるということは、感情だけで交渉しろということではありませんただ、感情は交渉を大きく進める原動力にもなります。ロジックと感情をうまく使うことが大事です。

 

今日はここまで。次回も火曜日を目安に更新予定です。ご相談も引き続き募集しています。コメントも何でもよいので、下にスクロールしたところにお願いします。

photo by Andrew Seaman 、 Nate Davis  

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コメント

    • 平安京
    • 2018年 11月 22日

    今回の記事もなるほどな、と感心させられました。
    論理的に話そうとすると感情を抑えないといけないと思いがちですが、感情を交渉を進める力にもできるのですね!
    新しい視点を見つけられた気がします。

      • 中嶋俊明
      • 2018年 11月 23日

      平安京さん
      いつもコメントありがとうございます!
      多くの方が、論理的=感情を抑えると考えがちですよね。感情だけに身を任せるのはダメですが、論理的に詰めすぎてドライな人と思われな用にすることも大切なんだろうと思います!

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