目次
<ペットのお墓>
今回のご相談は亡くなったペットへの思いをめぐる,おじい様と家族とのすれ違いについてです。愛するペットが死んでしまったとき,家族はどう対処すべきなのでしょうか。
祖父が13年間飼っていた犬が、先日亡くなりました。どのように供養するのか祖父、父、母、私で相談して、ペット霊園の納骨堂に納骨してもらうことにしました。ところが祖父は、納骨堂に入れず、実家の裏に犬用の墓を建てると言い始めました。しかもお墓のサイズは人間と同じで、400万円もする墓石にするといって聞きません。祖父は年金暮らしでお金に余裕はないのですが、どうすれば祖父を止められるでしょうか?
ペットを飼っている方は、ペットも家族の一員なんだからと、供養する際にも人と同じようにされるケースも多いと聞きます。この相談者の祖父も、家族なんだからときちんとしたいということでしょうか。それにしても人と全く同じにするのはやりすぎだとも思われますが、さてどうすれば良いでしょうか。
<おさらい>
このような人間関係の問題も、「与え合う」交渉術の考え方でうまく調整することは可能です。
交渉するためには3つのステップを踏まなければいけません。
①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という点です。
①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。自分自身に問いかけて、本当の自分のニーズを見つける必要があります。自分のことなので、わかりやすいですよね。
<沈黙を恐れない>
難しいのは、②「相手は何を考えているか」です。
相手に受け入れられて初めて交渉は成功するので、交渉の成否は「相手がすべて」ということになります。相手のことを良く知り、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを理解しなければなりません。
相手のことを知る最も大事な方法は、相手の話をよく聞くことと、相手に適切な質問をすること、この2つです。
相手の話をよく聞くというのは、話を遮らずに、相手に自由に話してもらうということです。人は何かを語らずにはいられません。自分の話が終わらないうちは、頭の中に自分の話のテープが回りっぱなしですので、あなたの話は相手の耳には入ってきません。
相手は、あなたが話を聞いてくれる人だとわかれば、どんどん自分の話をしてくれます。あなたが思ってもみなかったようなことも相手は語ってくれます。相手の話を遮るのはタブーだと思ってください。
相手の話を遮らずに、真摯に聞き続けることで、相手との信頼関係が築けるのです。聞くだけで信頼関係が築けるのですから、こんな簡単なことはないのではないでしょうか。
さて、相手の話を聞こうとして困るのが、相手が黙ってしまう場合です。
沈黙は気まずいものです。沈黙が続くと、相手が何を考えているんだろうといろいろ想像して不安になってしまい、ついつい沈黙を破ってこちらからしゃべりがちです。
ですが、そこをグッとこらえましょう。沈黙の間にあなたがいろいろ考えてしまうように、相手もあなたのことをあなた以上に考えています。相手が沈黙しているのは、あなたと話したくないとか話すことがないとかではなく、あなたに話す内容を整理しているのです。
もう少し我慢して待ってみてください。相手が話し始めますから。
なお、沈黙を待つ時間というは体感的には非常に長く感じます。自分では待っているつもりでも、実はほとんど待てていないかもしれません。そこで、沈黙の際には、頭の中でカウントをすることをお勧めします。少なくとも、30秒はカウントしてください。カウントすることで不安な気持ちも和らぐのでお勧めです。
<相手に話を聞いていることを伝える>
沈黙に耐えましょうと説明すると、「黙ったままだと相手に了承したと受け取られないか」と心配されるかもしれません。
しかし、沈黙はあくまでも沈黙です。もし、それで相手に了承したものと受け取られたかのような発言があれば、「私の意見とは違うようでしたので、あなたのことを理解しようと黙って聞いていました」と伝えれば問題ありません。
ただ、それでも「反論しなかったのは認めたということだ!」と揚げ足を取る相手もいるかもしれません。そうしたことを防ぐためには、「相づち」を上手に使いましょう。相づちを使えば、黙っていたなどといった揚げ足を取られることもなくなります。
「相づち」は、「はい」「そうですか」「そうなんですね」など、言葉を用いる場合、うなづいたり目を張ったりといった言葉以外のジェスチャーを使う場合などがあります。
私は、「相づち」でどれが良くてどれが悪いといった区別は、基本的にはないと考えています。相手に敬意を払って聞いていれば、「相づち」も自然と出ます。逆に、思ってもいないのに「それはいいですね」などと相手にゴマをするような相づちは、その意図が相手に伝わるので逆効果です。
もし、あなたがあまり社交的ではなく、目を見て話をするのが苦手だったり、まわりから「話を聞いているのか聞いていないのかわからない顔をしている」などと言われることがあったりすれば、相手の話を聞く前に、「聞いていないような顔をしていると言われることがありますが、きちんと聞いておりますのでどうかお気になさらないでください。」と一言伝えておきましょう。それだけで、相手との距離はぐっと近づきます。
結局のところ、相手に敬意を払っているかどうかということなのです。
<8:2の割合で>
遮らずに相手の話をじっくり聞くことが大事ですが、ただ黙って相手の話を聞くだけでは、すべてを話してはくれません。相手の立場にあなたを置き換えてもらえばわかると思いますが、相手が自分のこと話さないのに、自分だけさらけ出すということはありません。
ですから、相手の話を聞く際には、相手の求めに応じて、適宜自分のこと(あなたの目標やニーズ)についても伝えるようにしましょう。それにより、相手のあなたへの信頼は高まり、さらに相手はあなたに話をしてくれます。
あなたの情報を伝える際には、小出しではなく、目標やニーズをすべて率直に伝えましょう。交渉術の本の中には、駆け引きとして小出しにしていくといったことが書かれていることがありますが、そのような駆け引きは相手の信頼を損なうだけですし、お互いの目標が分からないと交渉で交換し合うものを考え出すことができないので、意味がありません。あなただけが丸裸にされるのではないかと心配になったとしたら考えすぎです。まずは相手の話を聞くことから始めますので、こちらだけ丸裸にされることはありません。それに相手だって交渉を開始している以上、まとめる気持ちが全くないわけではないのですから、最低限必要な情報は話してくれます。そのうえで、こちらが率直に交渉の目標や価値観、ニーズを伝えて、適切な質問をすれば、相手はもっと話をしてくれて、どんどん話は深まります。
交渉は駆け引きではなく共同作業ということをお忘れなく。
相手の話を聞くことに8割、自分の話をすることに2割くらいの感覚でいてください。
<お返ししたいという気持ちを促す>
交渉術の世界で有名な「影響力の戦略」において著者のチャルディー氏は、人には何かをしてもらった場合、そのお返しをする傾向がある、いわゆる返報性の法則というものがあると説明しています。これは、情報の提供についても同じです。相手がデリケートな情報を打ち明けたら、こちらも同じく包み隠さずに対応しようと思うのが本能的な反応です。
逆に言うと、先ほどお話ししたように、こちらが全く情報を渡さないと、あちらも情報を十分に渡してはくれません。
お互いに、まさに胸襟を開いて、お返ししたいという気持ちを促せるだけの情報を渡すようにしましょう。
<バトナを伝えるべきか>
ところで、以前に説明しましたが、バトナ(目標達成のために次にとるべきベストの選択肢・代替手段)を事前に準備するべきという考え方があります。この考え方に従ってバトナを準備した場合、そのバトナを相手に知られることはこちらがタブーとされ、他方で相手のバトナを何とかして暴くことで交渉を有利に進めるべきだとされています。
たとえば、あなたが賃金の値上げ交渉で1万円の賃上げを目標に掲げ、最低の受入額を5000円と決めて、その金額も受け入れないならストライキに突入しようという計画をしていたとします。このときのあなたのバトナは5000円未満であればストライキに突入することです。もし、あなたのこのバトナを会社が知れば、あなたが1万円賃上げするように会社にいくら要求しても、会社は最低額の5000円でしか受け入れようとしなくなるかもしれません。
逆に、会社が賃上げ額は4000円が理想だが、8000円までの賃上げであれば受け入れ、それ以上の要求であれば逆に解雇も辞さないという計画の場合(8000円以上であれば解雇も辞さないというのがバトナ)、会社がいくら口では4000円までしか賃上げに応じないと言っていても、あなたは8000円までは粘り続けることになるでしょう。
しかし、バトナがいつまでもバトナであり続ける保証はありません。バトナに目が行き過ぎると、本当はまだ交渉の余地があるのに、すぐに交渉を決裂させてバトナに飛びつくという行動になりがちです。バトナに気を配る発想ではなく、目の前の相手との交渉に集中するほうが、双方にとってメリットのある生産性のある交渉ができます。
そもそも、なぜあなたが相手に自分の情報を伝えるのかというと、相手の考え・ニーズ・重要と思えるものを教えてもらい、あなたも相手に伝えることで、お互いが満足できる解決案を創りだすためです。
ところが、バトナは交渉の目標やニーズとは離れたものであり、バトナを伝えると逆にそこに話が固定化され、創造的な解決ができなくなるおそれもあります。相手がバトナを一度聞いてしまうと、その条件での合意に固執し、それ以上情報を教えてくれなくなる可能性もあります。
ですので、バトナは相手に伝える必要はありません。それよりも、自分の目標やニーズを率直に伝え、相手の目標やニーズを教えてもらうという姿勢で交渉に臨むべきです。
上の例でいうと、あなたは5000円の賃上げをして欲しいのではなく、ニーズはあくまでも1万円です。その交渉の中でなぜ1万円でなければいけないのかなどを伝えます。
逆に会社に対しては、なぜ4000円なのかという理由を聞き、あなたはより金額を上げるために自分が何ができるのか提案などを繰り返します。会社としてもあなたが1万円を希望する理由を聞くと、それであれば賃上げよりもボーナスの査定を見直すなど、べつの案が出されるかもしれません。そのような中であなたが当初のバトナよりも低い4000円の賃上げの合意もありうるかもしれませんし、会社が当初のバトナよりも高い9000円での合意もあり得るかもしれません。バトナを一度言うと、逆にそこに話が固定されることにもなりかねません。自分の目標やニーズ、その理由などを率直に伝えあい、創造的な解決策を導き出すということが大事です。
情報は率直に伝えると言いながら、バトナは伝えないというと、情報を小出しにして駆け引きをしているようなにおいがするという意見もあるかもしれません。
しかし、交渉の目標やニーズはバトナではありません。あなたは1万円の賃上げを希望しているのであり、5000円の賃上げを希望しているのではありません。その情報を伝える意味がないというだけのことです。
<今回の相談>
さて、冒頭の相談についてですが、おじい様がペットの犬のお墓を庭に、しかも400万円をするお墓を建てようとしているのはなぜでしょう。
相談者であるお孫さんの交渉の目的は、「納骨堂に納骨してもらう」こと、もうすこし広げても「庭に立てるお墓を数万円程度のものにすること」でしょう。
そこで、おじい様の考えを知るために、いまいちどおじい様の話をじっくり聞いてみます。おじい様の交渉の目標はなんでしょうか。「400万円のお墓を建てる」ことでしょうか。おそらく違うでしょう。おじい様としては、犬を単にペットとしてではなく、家族の一員としてみていて、人と同じようにしたいという思いが強いのかもしれません。人ならお墓があるのに、犬にお墓を作ろうとしない家族に反発しているだけ、もっと大事に思ってほしいと伝えたいということかもしれません。
とにかく、お孫さんとしては、おじい様の感情も含めて、遮らずにすべて聞きましょう。13年間のおじい様と犬の思い出を余すことなく話すことで、おじい様は満足できるかもしれません。
合理的と思えない行動の裏には、話を聞いてほしい、自分の感情を理解してもらいたいという思いが強いケースが多くあります。こういったケースでは、逆に話を聞くことだけで解決することも多いです。
いちど試してみてください。
ではまた次回。毎週火曜日更新です。相談も引き続き募集しています。
Photo by Jason Lander,Manila B,atacamaki,Sasha
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