第5話 相手の頭の中をのぞく

<相手の考えが分からない>

今回のご相談は,引越したいと言っていたのに,いざ決まると急に文句を言いだした,そんなカップルの話です。

いま交際中の彼氏と2年ほど同棲しているのですが、引越を考えています。理由は、最寄駅から遠いし、勤め先にも遠く満員電車に揺られる通勤のうえ、通りに面しているので夜もうるさいといったことです。彼氏も引っ越しすることには賛成していたので、私が探して、都心でいまより家賃が安くて、駅にも近いなどいまよりも好条件の部屋を見つけました。ですが、彼がいろいろな理由をつけて、首を縦に振りません。たとえば、最初は寝室にエアコンがないことに文句を言うので、私が大家と交渉してエアコンを大家負担で付けてもらいまいしたが、こんどは宅配ボックスがないと言い始め、しまいには「こんな安いということは何かあるかもしれない」などと言ってきました。そもそも彼も「満員電車に乗りたくない」などと言っていたのに、「遠くても良い」など言い始めて引っ越し自体を否定するようなことを言い始めました。彼を説得することはできるのでしょうか?

相談の内容を聞く限り、彼は彼女さんの探してきた物件が気に入らないのではなく、引越自体に反対しているようですが、当初は賛成していたのに、なぜこのような発言を始めたのでしょうか。

交渉では、相手のことを知る必要がありますが、人は複雑ですので、なかなか相手のことを知るのは難しいです。どうすればよいのでしょうか。

 

<交渉は相手がすべて>

交渉をうまく進めるためには、3ステップで考える必要があります。

①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という点です。

①「自分の目標は何か」ということについては、自分自身のことですのでつかみやすいと思います。

では、②「相手は何を考えているか」とはどういうことでしょうか?

交渉は相手との調整で、お互いに満足する結果を得ようというものですから、自分と相手がお互いに重要とみるものを与えあう必要があります。そのためには相手のことをよく知らないといけません。自分がいくら良い解決案だと思っても、相手にそう思ってもらえなければ何の意味もありません。その意味でいうと、交渉の成否は「相手がすべて」だということになります。相手のことを良く知ること、相手が何を考え、何を交渉の目標におき、何を重要とみているのかを、あなたは相手から探り出さなければならないのです。そのうえで、自分の交渉の目標とは重ならず、相手に与えて問題のないものを選び取ってもらうようにしなければなりません。

以前に、交渉は「つな引き」ではなく「ひも解き」だと説明しました。すべての条件が絡まった一本の太いつなを引き合うと、「全てを得るか失うか」の二者択一になってしまうので、その太い一本のつなを一本一本ひも解いて、選び取り合いましょうということです。この選び取り合う際に、相手のことをよく知って、相手にとってメリットのあるようなヒモを作りましょうということです。

 

<相手を知るための準備>

相手のことを知るというのは、具体的に何をすれば良いのか。

相手のことを知る目的は、あなたと相手のそれぞれが価値があると思うモノをお互いに交換して交渉を成功させるためです。そうすると、あなたが知るべき相手の情報は、「相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているか」という点です。相手の価値観や相手の交渉の目標と考えてもよいと思います。

交渉を成功させるための準備として、相手と対面する前にできるだけ情報を集めましょう。家族や知人との間の人間関係についての交渉であれば、相手がどういった人物なのかよく知っている一方で、「あの人はああいう人だから」といった思い込みが失敗のタネになることもあります。あえて周りの人から、それとなく、その方の人となりを聞いておくことも非常に大事です。情報は大いに越したことはありません。

ビジネスの交渉であれば、前例や業界内の情報など、様々な情報収集手段があると思いますので、それらを活用して集めることになります。異文化の人との交渉では、一般的なその国の文化やスタイルについても情報を集めることも大事です。ただし、個性は一人ひとり違いますので、思い込みは禁物です。

交渉にもさまざまなものがありますので、たとえば、奥さまと今日外食に行くことになり、奥さまに何を食べようかといった相談をする場合は、事前に準備するといった場面ではないようにも思えます。

ですが、奥様とどこに外食するかを決めることも、ひとつの物事についてコミュニケーションを取って2人で決めるのですから立派な交渉です。準備をしましょう。

ただ、ここでいう準備というのは、何日も前から準備して万全の態勢で挑むということではなく、何も考えないまま、行き当たりばったりで交渉を始めるのをやめようということです。今日の夕食をどこで食べるといった交渉であっても、それを提案する際には、過去に奥様といったお店や食べた料理の内容、奥様の趣向など、いろいろな情報を一瞬でも意識的に思い浮かべて、どこで食べるかという話を始めるべきです。その情報を、ほんの一瞬であっても、正しく整理することで、どこのお店に行くか奥様の納得を得られやすくなることは間違いありません。

交渉で準備がいらないというケースは、基本的にはありません。どんな交渉であっても、準備ができるのであればするべきです。

もし、突然交渉が始まって準備をすることができないという場合、もしかしたら相手があなたに準備をさせないための計画的な行動かもしれません。あなたが直感的にそう感じた場合は、勇気を出して時間をもらいましょう。

そのような相手の作為的なものが感じられないとしても、まずは落ち着いて、ほんの数分でも考える時間を作りましょう。トイレに行くなど間をあける行動がとれるのであれば、そうした時間を活用しましょう。

どんなときでも準備が必要です。

 

<相手のことを知るための最も有効な方法>

では、相手の考えや交渉の目標、価値観などを知るためにはどうすればよいのでしょうか?

それはずばり、①相手の話をよく聞くことと、②相手に適切な質問をすることです。

①相手の話をよく聞くことというのは、具体的には、話を遮らずに、相手に自由に話してもらうということです。話を遮らずに聞くだけで、相手は自分の話を聞いてもらえたと満足して良好な関係も気づけますし、あなたが思ってもなかったような心の内を話してくれるかもしれません。また、あなたが相手の話を聞くことで初めて相手はあなたの話を聞く態勢に入ることができます。

相手の話を聞くというのは、簡単そうに思えて実はなかなか忍耐がいることです。話を聞いていると自分では思っていても、実際は遮っている、またはそう感じられているというケースがほとんどです。

そこで、交渉をするうえでは、相手の話は聞かなければいけないと、ある意味では割り切って聞いてください。どれだけ途中で遮りたい欲求に駆られても、我慢してください。相手は、自分の話をしゃべり終わらないうちは、自分の話すことで頭がいっぱいです。途中であなたがさえぎって話を始めても、相手の頭の中は自分の話したいことのテープが流れ続けていて、あなたの話は耳に入っていません。

②相手に適切な質問をするというのは、こちらがさらに聞きたい内容を深堀して聞くために、相手が答えやすいような質問をして、相手の説明をアシストしてあげるということです。誤解しないでいただきたいのは、決して相手をだましたりひっかけたりするような質問をすることではありません。交渉術の本で、たまに相手を心理的にこちらに有利に誘導する誘導尋問のような方法が紹介されていることがありますが、そのような操作的なやり方は、相手との信頼関係を破壊するだけで生産的な交渉とはならないので、私はおすすめしていません。

「聞く方法」と「質問方法」は、どちらも技術的な部分もあります。技術的な方法については、次回以降で改めて説明したいと思いますが、大事なことは、常に相手との信頼関係を築こうという姿勢をもつことです。そうすれば、自然と相手の話に耳を傾けることができますし、相手のことを慮った質問ができるようになります。

 

<今回の相談>

さて、今回の相談者さんもAさんとしましょう。Aさんは彼の同意のもとで引っ越し先の物件探しを始めたわけですね。Aさんの彼との交渉の目的は、抽象的には「今よりも好条件の物件に引っ越す」という点にあるように思えます。

他方、彼は当初は引っ越しに賛成していたのに、いまは引越自体に反対かのような態度です。彼の交渉の目的は何でしょうか。Aさんとしては、感情的にならず、彼の話をよく聞く必要があります。彼の話を遮らずに最後まで聞きましょう。「でも」とか「だって」とか、反論してはいけません。

そもそも、Aさんはなぜ引っ越しをしたいのでしょう?彼はAさんの交渉の目的についてどう考えているのでしょうか?

たとえばですが、Aさんは心の内では、この引っ越しをきっかけに、彼との結婚の話を進めたいと思っているのかもしれません。Aさんがそう考えていないとしても、彼がそのように勘違いしているということはないでしょうか。もしそうだとすると、彼はまだ結婚に踏み込めないので引っ越しを躊躇しはじめたということが考えられます。

もし、彼がそんな勘違いをしているのであれば、それが勘違いであればそのように素直に伝えれば解決しますし、勘違いではなくAさんもそう思っているのであれば、それは言葉に出して伝えるべきでしょう。そのうえで、どうするべきかは2人の今後次第です。

 

ではまた次回。毎週火曜日更新です。相談も引き続き募集しています。

Illust by masha krasnova-shabaeva,hyoin min

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