第30話 謝罪は交渉ではタブーか?

今回の相談


今回の相談は、打ち合わせの時間を間違えたことで相手を怒らせてしまった場合に、謝罪をするかどうかという問題です。交渉で謝罪をするかどうかについては、いろいろ意見がありそうですが、いかがでしょうか。

私は衣類の製造をしている中小企業の社長です。先日、中国の工場に大量に発注することになり、急遽、午後9時から打ち合わせの約束をしたところ、先方が午前9時と勘違いし、私が来ないことから怒って中国に帰ってしまいました。運悪く携帯の充電が切れていて電話もつながらなかったため、夕方までにそのことに気が付きませんでした。気が付いてすぐに中国側の担当者に連絡したところ、2時間以上待った、この打ち合わせのために重要な商談をキャンセルして調整したのに遅刻とはあり得ない、中国まで来て謝罪しろ、と非常にご立腹でした。こちらは午後9時と口頭で伝えていたのですが、21時というような伝え方ではなかったため勘違いしたのだろうと思います。謝罪自体は構わないのですが、先日の打ち合わせで、相当粘って交渉して、これまでよりも安い単価で受注してもらう内諾をもらっていたのですが、安易に謝罪してこちらの非を認めると、その内諾も覆されそうな気がします。どうすればよいでしょうか。

 

前回までのおさらい


まず前回までのおさらいからスタートです。交渉は3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という順番で進めていきます。

①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの、叶えたい状況」のことです。事前に自分が叶えたいゴールを持っておかないと、意味のない交渉の迷路に迷い込んでしまうからです。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2つだけです。人は自分のことばかり話しがちです。そこをどれだけ「我慢」して相手の話を聞くことが出来るかが交渉の成功の鍵となります。自分では聞いていると思っていても、実際にはほとんど相手の話は聞けていません。交渉の時間の8割以上は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。たとえ生理的に嫌いな人でも、礼儀として敬意を払うことはできるはずです。時には感情的になってしまうときもあります。前向きな感情だけではなく、怒りや悲しみ、失望など負の感情もあります。負の感情は交渉のなかでは自分自身を盲目にさせます。ただ、その感情もあなた自身ですから、無理に抑え込むのではなく、うまく付き合うという姿勢が大事です。

感情のほかに厄介なものとして、その人特有のモノの見方(バイアス)を考慮する必要があります。人は複雑な生き物ですので、何でも合理的に冷静に考えて行動できるわけではありません。ときには、自分の身を守るために、嘘をつくこともあります。その時に相手を責めるのではなく、それも想定内のもんもとして、直面しても大丈夫なように事前の準備を欠かさないことが大事です。

③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうときに、同時に相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。「お返し」というステップを加えることで、自分だけではなく相手にも目を配ることができて、交渉が失敗することを防ぐこともできます。

「お返し」として「何を」与え合うかは、段階的に、「想像力」と「創造力」をフル活用して選びます。相手に敬意を払う姿勢がこれらの力を源となりますので、敬意を払う姿勢を忘れないでください。ただ、注意しないといけないのは、「お返し」として金銭的なものを選ぶのは逆効果になることがあるということです。「お返し」に何が効果的かは、相手との距離感にもよるということも忘れてはいけません。

お返しを「どう」与えあうか、与えあう方法として、まだ好意的な関係が築けていない場合、論理的に交渉を進めることが交渉を有利にします。論理的な交渉とは、具体的には、①あなたの交渉の目標・お願いに合理的な理由や根拠があること、②その理由があるのであれば、あなたの交渉の目標が実現されても良いよねと思える関係性(相当な因果関係)があることです。法律や規則だけではなく、相手自身のルール、自分ルールもこれにあたります。相手の自分ルールがわかれば相手自身で自分を説得してもらうことも可能です。

交渉で与え合う際に、お互いがイーブンの状況であればよいのですが、何かこちらが誤った行動をしてしまい、謝罪をするかどうか迫られることもあります。では、交渉の場面でも謝罪をするべきでしょうか。今回は、何かこちらが誤った行動をしたときに、謝罪までするべきかどうかを考えてみます。

 

交渉の際には謝罪は効果的


交渉の場面では、謝罪をするべきではないという意見があります。

もし、交渉の場であなたが何か誤った行動をしたことで、相手に良くない影響を与えた場合、相手としては負の感情が沸き起こり、そのあとにあなたの話を聞いてくれなくなる可能性が高くなります。負の感情が渦巻いている相手に対して、あなたが何を言ってもその声は相手に届かない、そういう状況に陥った時、素直に謝罪をするというのは非常に効果的です。謝罪をすることで、相手に与えた負の感情を鎮静化できます。

相手の負の感情を追い払い、お互いが要求を受け入れあう状況を整えるために、謝罪をする必要があるということです。

 

謝罪が相手の言い分を認めることになるという誤解


ですが、私たちは、交渉の場面で自分に非がある場面でも、素直に謝罪をすることをためらってしまいます。その理由には、プライドの点や人間関係の点が挙げられますが、交渉の場面に絞って考えてみると、謝罪をためらう理由は、謝罪をすると相手の言い分を認めたことになってしまう気がするからでしょう。

たとえば、駐車場に車を停めて、用事を済ませて戻ってきたとき、運転席横の車がこちらの駐車線を少し超えるくらい寄って駐車していたとします。ぶつからないように乗り込もうとしましたが、うっかり隣の車のドアにこちらのドアをぶつけてしまいました。あなたの車のドアも傷がつきましたが、相手の車にも傷をつけてしまいました。隣の車はこちらのラインぎりぎりに寄せていたという状況だと、ぶつけたあなたの不注意が大きいとはいえ、釈然としない思いもするでしょう。「確かに一番悪いのは私だけど、そっちだってこっちが先に停めてるんだから、ここまで寄せずにもう少しきちんと停めてればよかったのに」。そう思いたい気持ちのなかで、素直に謝るのは難しいのではないでしょうか。とくに、今後の弁償の話になった時、謝罪すると自分に責任があることを認めてしまったように感じて、相手にも責任があると言いづらいと思ってしまい、結果として謝罪をためらってしまいそうです。

私も弁護士という仕事柄、まだ新人の頃は、クライアントに対して、謝罪は自分の非を認めることになるからしないようにと警告することもよくありました。

ですが、結論から言うと、謝罪をしたからといって、自分の非をそれで100%認めたことにはなりませんし、相手の要求を受け入れたこともはなりません。

これは、交渉の場面における謝罪というものについての誤解があると思われます。

謝罪というと、一般的には、自分の非を認めて反省するだけではなく、相手に許しを請うことまで含みます。辞書にもそのように書かれています。この、「許しを請う」という部分が、相手の要求を受け入れるということに結び付きやすいことから、交渉では絶対に認めてはいけない、謝罪してはいけない、と言われる理由になっているように思われます。

ですが、交渉の際の謝罪では、相手に許してもらうことまで求める必要ありません。謝罪そのものが交渉であればともかく、交渉をする目的は、あなたの「交渉の目標」を相手に受け入れてもらうためであり、「許してもらう」ことではありません。許してくれるかどうかは、あくまでも相手の問題です。あなたの交渉の目標が別にある以上、許してもらうことを交渉のテーマのように相手に持ち出すことは交渉の方向性を狂わせてしまうだけです。

このように考えると、交渉の際の謝罪は、あなたの誤った行動によって相手に沸き起こった負の感情を鎮静化するためでしかなく、それによって相手に何かの行動を求めるものではありません。相手の負の感情を鎮静化させるために必要な行動をすればよいだけで、それを超えてさらに「許してもらう」ことまでは必要ないということです。

相手の負の感情が鎮静化するというのは、相手があなたの責任だと思ってはいても冷静になって話を聞いてくれること、それだけです。他方、相手があなたのことを許すということは、あなたに責任があることを前提に、その責任をあなたに問わないということまで含みます。そうすると、許しを請うということも、このあなたの責任をあなた自身が認めることが前提となるわけで、だからためらうのです。この二つは全然違いますよね。

 

相手の負の感情を鎮静化させる謝罪とは


相手の負の感情を鎮静化させる謝罪の具体的な方法は、相手が受けた負の感情が何かを想像して、「そういう気持ちにさせてしまったこと」をきちんと言葉で表して、その点にお詫びの気持ちを示すことです。そもそも、相手がどのような気持ちになっているかを理解しないまま、自分の行動を振り返り反省することはできません。反省というのは、自分の行動で周りにどのような影響を与えたかをきちんと認識することから始まるからです。

先ほどの車のドアを隣の車にぶつけてしまった例では、相手が受けた負の感情は、「車に傷がつけられた怒り」などの感情でしょう。そうであれば、その点つまり「あなたの車にドアを当ててしまい、大切な車に傷をつけてしまい申し訳ありません。」と素直に伝えましょう。見るからに怒っていれば「お怒りはごもっともです。申し訳ございません。」ときちんと伝えましょう。

他方、「私のせいでぶつけてしまって申し訳ございません。弁償させていただきます。」などと言ってしまうと、「私のせいで」という言葉と、「弁償させていただきます」という言葉が、事実上「弁償するので許してほしい」という意味を含んでしまい、後に責任を認めたということまで言われかねません。「払うとは言ったけど、全部自分のせいだなんて認めてない」と反論することもできなくはありませんが、揉めるもとになりかねないという意味では、このような謝罪は適切ではないということになります。

もちろん、相手の負の感情を鎮静化させる謝罪だけでも、「あの時ぶつけたと認めていたじゃないか!」と批判されるリスクはあります。ですが、許しを請う意味の発言まで言ってしまった場合と比較すると、批判されるリスクは相当に低いといえます。ポイントは、起きた事実だけを示して、そこに感情を表現することです。

あなたの交渉の目標は、この例でいえば「弁償金をできるだけ低く抑えて、逆に、あなたの車のドアの修理費を支払ってもらうこと」であって、「あなたに責任があることを認めうえで免責してもらう」ことではありません。あなたとしては、謝罪をした後に、「恐縮ですが、今回は私は駐車枠内の中央に駐車したのですが、そちらが駐車されていた車両が線をはみ出して寄りすぎていたことが今回の原因の一つと考えています。責任はお互いにありますので、こちらの修理費もいくらかお支払いいただくことになります」という話に進めないといけません。そういう話は相手からすれば容易には受け入れにくいでしょう。だからこそ、謝罪をする必要があり、その謝罪もできる限り敬意をもって、相手の気持ちを想像して共感したうえで、丁寧に行う必要があるということです。

 

今回の相談


さて、今回の相談にうつりましょう。今回の相談は、午後9時という商談の日時を、こちらが21時ではなく午後9時と伝えたことから、相手が午前9時と勘違いしてしまったという事案です。伝えた会社の社長をAさん、中国側担当をBさんとしましょう。

Aさんの交渉の目標は、先日の安い単価で発注するということです。ただ、Bさんが怒っているため、それについて謝罪をするかどうか悩んでいます。

AさんはBさんの交渉の目標が何なのか、Bさんから話を聞かなければなりません。ただ、BさんはAさんに対して非常に怒っており、謝罪をしろと求めています。Aさんとしては、Bさんの交渉の目標が、単にAさんに謝罪をさせるということだけであれば、それが一種のお返しにもなりますし、それでAさんの交渉の目標も達成できるのであれば謝罪をすることはやぶさかではないでしょう。

ただ、Bさんの交渉の目標が、あくまでも従来の高い単価で受注するということであれば、安易に謝罪をしないほうがよいという気もします。

しかし、BさんがAさんの話に耳を傾けず、謝罪を求めるのであれば、Bさんの負の感情を静めるためにAさんが謝罪をしても全く構いません。Aさんとしては、自分としては午後9時と伝えていたとしても、伝え方が悪かったという点、また携帯電話の充電が切れていて連絡がとれない状況にあったという点は押さえたうえで、「重要な商談をキャンセルしてまで、弊社を優先して来ていただいたにも関わらず、連絡が取れないまま2時間以上お待たせすることになってしまい、非常に不愉快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません」と素直に謝りましょう。実際に待っていたこと自体は事実ですから、そこは素直に認めてお詫びの気持ちを表現することが大事です。Bさんの気持ちを想像して、丁寧に敬意をもってお詫びをすることが必要です。この謝罪をしたとしても、打ち合わせの時間をAさんが遅刻したということを認めることには必ずしもなりませんし、ましてや単価の約束を反故にすることを認めることにもなり得ません。ひととおり謝罪を受けて初めてBさんはAさんの言い分を聞く体制が整います。その時点でAさんは、午前と午後の取り違いだと説明し、改めて商談を進めましょう。Bさんとしては、これをきっかけに立場を有利にしようと思っていたのに、毅然とかつ丁寧に謝罪をされ、それと単価の話は別というスマートなAさんの態度に、非常に手ごわい相手だなという印象をもつでしょう。Aさん、きっとうまくいきます。

今日はここまで。更新は最近不定期ですが、主に火曜日です。下の方にスクロールするとコメント欄があるので、ぜひお願いします。

photo by Kevin Steinhardt

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コメント

    • チビ
    • 2019年 3月 26日

    謝罪、難しいですね。私は小さい頃、ごめんなさいが言えない子でした。心の中では謝っているのに、口にするのが照れくさくて。今はちゃんと言えるけど、心臓バクバクです。素直に謝れない人、一杯いると思います。そんな気持ちを汲んであげられる人間になりたいです。

      • 中嶋俊明
      • 2019年 4月 11日

      >チビさん
      いつもコメントありがとうございます。
      心の中で謝っているだけでも十分ですよ。相手にもその優しい思いが伝われば交渉もきっとうまくいきます!

    • おでん
    • 2019年 4月 04日

    中嶋先生

    大変恐れ多いのですが,相談内容に誤変換があるので,ご報告です!
    相談6行目,”需要な商談~”ですが,需要→重要かと思われます。
    ご確認よろしくお願いいたします。

      • 中嶋俊明
      • 2019年 4月 11日

      >おでんさん
      ありがとうございます!さっそく訂正しました(^^;

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