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<切り出しにくい相談>
今回のご相談は、お金に困っている実家への仕送りを減らしてもいいのかどうかという相談です。交渉はどんなときでもしてよいのかということを考えさせられるご相談内容です。
23歳の会社員です。新卒で入社して1年で辞めて、新しい会社で働き始めたところです。実家は私と高校2年生の弟と母の母子家庭で、私は高校のときから大学の間もアルバイトをして生活費を母に渡していました。社会人になってからは月8万円を渡してきました。
ですが、新しい会社が実家から離れたところにあるため1人暮らしをすることになり、働き始めで給料も安く、どうしても月8万円も払えそうにありません。しかし、母もお金がなく、弟は部活動でバイトはしていないので、母にお金のことを切り出せずに悩んでいます。母は父からの養育費ももらわずに苦労して私と弟を育ててくれたので、とても言いにくいです。どう切り出せばよいでしょうか。
<おさらい>
交渉は3つのステップで進めていくと前回説明しました。①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、この3つだけを準備します。この3つだけに意識を集中すれば交渉をうまく進めることができます。
①自分の目標というのは、「交渉前に持っていないもので、交渉が終わったときに持っていたいもの」です。
交渉はえてして、とにかく合意をすることに話が行きがちです。交渉で何を得たいのかあらかじめはっきりしておかないと、あなたにとって意味のない合意をしてしまう、場合によっては今よりも不利な状況に置かれるような交渉をしてしまうことになりかねません。交渉で自分の目標を定めるということは、交渉で自分が進んでいくためのゴールを設定するということです。
<交渉の目標>
とはいえ、交渉の目標は、あなたが実現したいことや持ちたいものであれば、なんでもよいわけではありません。
交渉の目標は、少なくともあなたにとって正当だと思えるものである必要がありますし、一般的にみても正当と思えるものでなければいけません。そのような正当ではない目標は、叶える意味がありませんし、むなしいだけです。何より相手に受けいれてもらえません。
ただ、目標が正当かどうかは、時と場合によるようにも思えますし、相手によるようにも思えます。そもそも、交渉は一見すると対立するような関係を調整するものですので、交渉の目標も、自分にとっては正当でも、相手にとっては不利益なものとも思えてきます。
交渉の目標ってどうやって決めればよいのでしょうか・・・?
<交渉の目標の決め方~「綱引き」の分配型交渉と、「ひも解き」の統合型交渉>
交渉の目標を、あなたがうまく決めることができないとすると、それは交渉についてのイメージがうまく掴めていないからかもしれません。
交渉には、大きく分けて2つの考え方・イメージがあります。
まず1つが、限られた大きさの利益を当事者間で分配するために行う交渉です。これは利益を大きくしようなどとは考えず、ただその固定した利益をどう「分配するか」という点に視点を絞っていることから、「分配型交渉」と呼んだりします。ビジネスの場面で、売主と買主が商品の価格の点だけを交渉するような場面が典型的な例です。比喩的に言えば、ひとつの太い綱をお互いが引っ張り合い、勝った方が全部手にするといったイメージです。
これに対して、利益を固定したものではなく、お互いの協力で拡大できるものと捉えて、どちらか一方ではなく、お互いにとってよい結果を探る交渉を、「統合型交渉」と呼びます。
比喩的にいえば、太く絡み合った一本の綱を、1つひとつ解きほぐし、それぞれが自分の利益が満たされるように分け合うという発想です。
私が考えている「与え合う」交渉も、基本的にはこのような統合的交渉を基本とすべきと考えています。
さて、統合型交渉が理想であることは明らかでしょう。ただ、それはあくまでも理想であり、実際にはほとんどの交渉は分配型交渉ではないか、といった批判もあり得るところです。
たしかに、現実には、限られた利益をどう分けるかといったことしかできない場面もあるかもしれません。ただ、交渉の過程や終盤あるいは交渉後においても、常に「お互いに利益になるものはないか」と探り続けることが、統合型交渉の利点といえます。
先ほどの例では、売主も買主も、価格についてだけ交渉するのであれば、一方の得が一方の損にしかなりませんが、数量や納期、支払期日、支払方法、契約期間などについてもあわせて交渉すれば、何か「お互いにとって利益になる」案がみつかるかもしれません。
常に共通の利益の存在を探し合うという姿勢が重要であるという意味では、一種の姿勢論ともいえるのかもしれません。共通の利益を探すことを諦めないこと、まさに「諦めればそこで試合終了」ということです。
<相手に譲る必要はない>
交渉は与え合うという考えが大事です。あなたが交渉の目標の達成のために重要と考えるものと、あなたの交渉相手が交渉の目標達成のために重要と考えるものを、お互いに与え合うことで、ただ奪い合うよりもより大きな利益を、お互いに得ることができるようになります。
利益は固定しておらず、いかようにでも拡大できるという考えが根底になければなりません。
そして、利益が固定していないということは、あなたは、あなたにとっての最大の利益を求めることができるということを意味しています。そしてそれは、相手にとっても同じです。
つまり、交渉の目標を設定する際に、相手のことを考えて譲る前提で、低い目標を設定する必要はありません。
あなたが高い目標を掲げても、それが相手にとっても利益になるような案を、一緒に探し出せばそれでよいのです。
したがって、あなたの交渉の目標は、あなたの心の中から湧き出るニーズを、そのまま目標に据えればそれで良いということになります。
優しいあなたは、相手に遠慮して、低い目標を設定してしまっていませんか?それは、あなたが「交渉前に持っていないもので、交渉後に持っていたいもの」ですか?
交渉の目標を強気に設定することで、交渉者に積極性が生まれ、忍耐強くもなり、交渉の成功率が高くなるといったデータもあります。
交渉の目標は、遠慮したりせず、堂々と、交渉後に持っていたいものを設定しましょう。
<お互いに協力できる目標かどうか>
さきほど、交渉の目標は、正当なものでなければいけませんとも説明しました。交渉は、相手の協力が必要であり、相手とお互いに重要なものを与え合うことがその真髄です。
そうすると、あなたの交渉の目標は、相手と交換できるようなものでなければならないということになります。逆に言うと、あなたの目標が正当なものではない場合、あなたの相手はあなたの正当ではない目標を達成できるようなものを与えてはくれないでしょう。
目標が正当なものかどうかというのは、結局のところ、相手がその目標の達成に力を貸してくれるような目標かどうかということなのです。
整理しますと、交渉の目標はあなたの交渉のゴールとなるものなので、必ず設定しなければなりません。その目標は、相手に譲って低く設定する必要はなく、あなたが交渉後にもっていたいものを素直に設定しましょう。ただ、相手にも受け入れられるような正当な目標を交渉の目標に据えるようにしましょう。
そうすれば、必ずいまよりももっと優れた交渉が必ずできるはずです!
<今回のご相談>
さて、では今回のご相談の検討に移りましょう。
相談者さんは、大変心の優しい方ですね。お母さまが苦労されているのを知っているだけに、仕送り額を下げてもよいものか悩まれています。
相談者さんの交渉の目標、つまり「交渉前には持っていなくて、交渉後に持っていたいもの」は何でしょうか。
相談者さんとしては、いまの収入では月8万円の仕送りが難しいことから、これを切り下げたい、たとえば月4万円なら払えるのであれば「仕送り額を月4万円にすること」が交渉の目標になります。
ただ、お母さまは母子家庭の中で、ぎりぎりの生活をしているようにも思えます。そういった状況で、仕送り額を下げるような交渉は、これまで苦労して育ててきてくれた恩を仇で返すような不当な態度ではないか、相談者さんの交渉の目標は不当ではないか、と相談者さん自身も悩んでいるわけです。
しかし、相談の内容を聞く限りでは、相談者さんも生活のためにやむを得ず切り下げるだけで、決して自分の遊ぶお金を増やすために言っているわけではありません。
これを、お母さまの立場から見た場合、お母さまは相談者さんの交渉の目標である「仕送り額を月4万円にすること」は不当と映るでしょうか。
与え合う交渉の際には、目標はもとより、なぜその交渉の目標なのかといった理由や情報も、お互いに共有する必要があります。情報を共有して初めて、共通の利益を探ることができるからです。
お母さまが、相談者さんがなぜ仕送り額を下げたいかを理解すれば、個別の事情によっては違うかもしれませんが、少なくとも一般的にみれば不当な目標だとお母さまは思わないでしょう。むしろ、お母さまとしては月4万円でも仕送りをしてくれることに感謝するかもしれません。
そうだとすれば、相談者さんの交渉の目標は、目標として問題ないでしょう。お母さまの交渉の目標は、「次男と自分との生活について相談者さんにも協力してもらう」ということであれば、仕送り額が減ったとしてもその代わりに別の形での協力をいろいろ考えることで、お互いの目標を達成できる案を生み出すことができるのではないでしょうか。
ではまた。更新は毎週火曜日です。相談も引き続き募集しています。
Illust by hyoin min、MIke Kline
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