弱みを見せないという誤解

梅雨入りしたのに雨がそんなに降らずに、蒸し暑い日が続きますね。

梅雨は憂鬱になりやすいですし、個人的には6月は私の誕生月でもうすぐ40歳になるという意味でも憂鬱です。

 

40代といえば、世間的には、中間管理職の年齢です。中間管理職になると、これまで一番下で自由にやってよかった立場から、自分の部下、後輩を指導・育成する立場に変わります。

 

上司の立場で部下にどうふるまうかというのは、いつの時代も悩ましいものですが、舐められないために少し強く部下や後輩に接する人が多いように思います。弱みを見せないように、命令口調で指示をする人ですね。

自分が部下の立場でされると嫌な言動が、自分が上司の立場に立つとなぜかやってしまいがちです。

君主論で有名なマキャベリは、人を従わせようとする者は命令の仕方を知る必要がある、愛されるよりも恐れられるほうが安全だ、と述べています。

この教えに従えば、横暴と思われても権威を示してふるまうほうが部下は従うということなんでしょう。

 

ただ、それは王様の制度があったマキャベリの時代だから言えることであって、今の時代にそんなことをすれば、ただのパワハラです。

それに、人に動いてもらうのであれば、恐れられるよりも、愛されるほうがはるかに安全です。

これは自分が部下の立場になってみれば明らかです。怖い上司と、尊敬できて自分のことも信頼してくれる上司のどちらの元で働くほうがパフォーマンスをあげられるかを考えれば答えはでますよね。

 

もちろん、世の中の成功者と呼ばれる人には、ものすごく能力が高い反面、人格的に難がある人もいます。能力が高いのであれば、礼儀を欠いていることも一つの個性だ、なんて認める風潮もあるかもしれません。

でも、そういう人は、礼儀正しければ、もっと成功していたはずです。礼儀を欠いていることは、その人が成功しているかどうかにかかわらず、足枷になっていることに間違いありません。

 

少しくらい無礼なほうが出世できるという誤解もいまだにありますが、それは間違いです。

釣りバカ日誌ではまちゃんがスーさんに馴れ馴れしく接してうまくいっているのは、無礼だからではなく、スーさんから愛されているからです。

 

そして、上司や部下から愛されるための一番無難な方法は、常に礼儀正しくふるまうということです。

 

常に敬語でふるまわれると、他人行儀に感じたり冷たく感じると思う人もいるかもしれません。

でも、常に馴れ馴れしくふるまわれるよりは、常に礼儀正しくふるまわれるほうが、気分は良いはずです。礼儀正しくふるまわれるということは、自分が尊重されているということだからです。

礼儀正しくふるまわれるのを嫌う人はいませんが、馴れ馴れしくふるまわれるのを嫌う人はいます。

ですから、一番無難な方法、安全対策としては、弱みを見せないということではなく、礼儀正しくふるまうというのが正解です。

 

何が礼儀正しいということなのか、その定義自体は非常に難しいとは思います。言葉は丁寧でも相手を馬鹿にする慇懃無礼な態度だと意味はありません。

ただ、言葉を丁寧にすれば、ほとんどの場合はその行動も丁寧になってくるのも事実です。

 

ですから、上司はもちろん部下や後輩に対しても、丁寧な言葉遣いで接するということから始めてみてはいかがでしょうか。

 

このブログを書いていて、昔中学生の個別指導塾でバイトをしていたとき、敬語で生徒に接していたところ、塾長から敬語はやめるようにと指導を受けました。

私は、子どもは小さな大人だと思っているので、敬語で話さないのは失礼ではないかと、とても強い違和感を感じたのを覚えています。

もし自分が教えてもらう立場だとすれば、よっぽど親しい先生以外は敬語で話してほしいと思いました。

ただ、敬語は冷たくも感じやすいので、もしかしたらその時は、私の話し方がそう感じられたのかもしれません。

 

冷たく感じられないためには、表情や動作も丁寧である必要があります。そういったことも工夫すると良いのでしょうね。

私は笑顔の練習から始めたいと思います(^^)

photo by hyoin min

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