家族を顧みない夫
今回のご相談は、仕事と接待ゴルフにかまけて家庭を顧みてくれない夫をどうにかしたい奥様からの相談です。
私は専業主婦で、小学2年生の息子と、6歳の娘と夫の4人家族です。夫は大手建設会社の課長ですが、休日も会社の人たちとゴルフにばかり出かけ、全然子どもたちと遊ぼうとせず、家事・育児にも協力してくれません。私が父親がいない家庭で育ったこともあり、父親のいる家族に憧れがあり、夫は結婚をするとき、家族を第一に考えて家庭を大事にすると言ってくれました、私の母親に会ったときにはいまでも言ってくれています。会社でも、家庭を大事にする愛妻家だと公言しているようですが、言っていることと行動が矛盾しています。たまには子どもたちと遊んだり家事や育児に協力してほしいと頼んでも、ゴルフは接待だから仕方ない、俺だって家族は大事に思っている、家族を養うために頑張っているなどといって、家族の時間を作ろうとしません。ゴルフに全く行くなとは言いません。家族のために頑張って仕事をしてくれているのも感謝しています。ですが、たまに家族の時間を作ってくれたっていいと思います。どうすれば、もっと夫に家族の時間を作るように説得できるでしょうか。
前回までのおさらい
まず前回までのおさらいからスタートです。交渉は3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という順番で進めていきます。
①「自分の目標」とは、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの、叶えたい状況」のことです。交渉であなたが実現したいことをきちんと頭に入れておくことで、何のために交渉しているかわからないといった状況を防ぎ、交渉を成功に導くことができます。
②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るための具体的な方法は、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2つだけです。ついつい人は自分のことばかり話しがちですが、交渉ではどれだけ忍耐強く相手の話を聞くことが出来るかで成否が決まります。自分では聞いていると思っていても実際はほとんど相手の話を聞けていません。忍耐がいると割り切り、じっくり聞きましょう。8割以上は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。
話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。たとえ生理的に嫌いな人でも、礼儀として敬意を払うことはできるはずです。時には感情的になってしまうときもあります。喜びなどのポジティヴな感情だけではなく、怒りや悲しみ、失望などネガティブな感情もありますが、それらはどちらも交渉には有利にも不利にも働きます。ポイントは、感情を抑えるのではなく、うまく付き合うという姿勢です。
感情のほかに厄介なものとして、その人特有のモノの見方(バイアス)を考慮する必要があります。人は複雑な生き物で、何でも合理的に冷静に考えて行動できるわけではありません。ときには、自分の身を守るために、嘘をつくこともあり、うそやごまかしにも直面しても大丈夫なように事前の準備を欠かしてはいけません。
③相手と「何を」「どう」与え合うかでは、あなたの要求を叶えてもらうときに、同時に相手にもハッピーになる「お返し」を渡すというステップです。「お返し」というステップを加えることで、自分の利益だけに盲目的になって失敗することを防ぐこともできます。「お返し」は、お金の価値にこだわらず、段階的に、「想像力」と「創造力」をフル活用して選びます。相手に敬意を払う姿勢がこれらの力を源となりますので、敬意を払う姿勢を忘れないでください。
お返しを「どう」与えあうか、与えあう方法として、論理的な交渉についてお話ししました。まだ好意的な関係が築けていない場合、論理的に交渉を進めることが交渉を有利にします。論理的な交渉とは、具体的には、①あなたの交渉の目標・お願いに合理的な理由や根拠があること、②その理由があるのであれば、あなたの交渉の目標が実現されても良いよねと思える関係性(相当な因果関係)があることです。
ここでいう合理的な理由というのは、できるだけ客観的な理由、つまりあなただけが思うのではなく一般的に言っても合理的だよねと思われる理由が必要です。法律や規則、その業界でのルール、当事者間での約束事やルール、または倫理的・道徳的な考え方などに照らして、正しいと言えるかどうかということです。
今回は、まずは押さえておきたい、当事者間でのルール、いわば自分ルールとでもいうべきものにスポットを当ててみたいと思います。
自分ルールとは
交渉では、相手を説得するために、原則として、あなたの交渉の目標や主張を論理的に説明する必要があります。あなたの言い分が、法律で決まっていることであれば話は早いのですが、そういうことは滅多にありません。ですが、業界でのルール・慣行ではそうだよね、ということはビジネスの交渉ではよくあります。ただ、近しい関係ではそういうルールを持ち出すことも野暮でもあります。こういうときに、一番使えるのが、相手が自分で決めている自分なりのルールを活用することです。
どんな人でも、自分なりの信念や行動規範があります。自分自身に課しているルール、自分はこんなことを大事にしていて、これを基準に自分の行動を決めています、といったいわば自分だけの「法」のことです。法律や規則は当然守らなければなりませんし、それを破っている相手には強く交渉できますが、自分ルールについてもそれと同じことがいえます。
たとえば、HPやパンフレットなどで顧客第一主義を謳っている企業に対しては、顧客を犠牲にして自社の利益を優先する行動に対してその矛盾を交渉で指摘することができます。家族を大事にすると言いながら休日にゴルフにばかり行って家庭を省みない夫も同じです。
自分ルールで自分自身に説得してもらう
自分ルールは、法律みたいな強制力はありません。守るかどうかも結局は自分次第です。そうすると、自分ルールを指摘したって、相手に開き直られるだけであまり意味がないように思う方もいるかもしれません。
確かに、自分ルールは、法律とはちがって外部的な強制力はありません。しかし、人は誰しも一貫した行動をとりたいという欲求が非常に強くあります。一貫した行動をとらない人は誰からも信用されませんし、一貫した行動をとることが誠実さのひとつの現れとみられるからです。誰しも、自分の言ったことと矛盾する行動をとることは容易ではありません。もちろん、すべての人が自分ルールに常に縛られるとまではいえませんが、自分ルールに従いたいという心理的な欲求が強く働くことは間違いありません。いわば、相手の自分ルールで、相手に自分自身の行動を説得してもらうということです。
ただ、誤解してほしくないのは、自分ルールを活用するということは、相手を自分ルールで縛って心理的に追い詰めるということではありません。相手を心理的に操作しようというのは、極めて不誠実な交渉態度です。
そのような、こちらが心理的に相手を操作するといったきな臭い視点ではなく、相手が自分自身の行動を省みて、自分の心の声に従って行動するようにアドバイスをするという視点で行うことが必要です。この、相手方に自分自身を説得させるということが、従来の小手先の交渉術とは根本的に違う点といえるでしょう。
論理的な説得とは、相手が自ら提示した自分ルールに従えば、あなたの願いが叶えられるべきであること、そのお返しも自分ルールからは適切なものであることを、相手自身に説得してもらえるような交渉ということができます。
まずは、相手の自分ルールが何かを、相手の話をよく聞いて見つけ出すことが大事ですね。
今回の相談
それでは今回の相談の検討にうつりましょう。今日の相談は、休日も仕事と言ってゴルフに行ってしまい、家族との時間を作ろうとしない夫を何とかしたい奥様から相談です。
まず、奥様の交渉の目標はなんでしょうか。表面的には休日にゴルフに行くことに不満があるようですが、それ以外にも家事や育児に関心がないところ、家族との時間を作ろうとしないところに不満があるようですので、交渉の目標は、夫に家族に対する関心をもっと持ってもらう、触れ合う機会を作ってもらうというところでしょうか。
それでは、夫が何を考えているかですが、夫としてもゴルフが本当に仕事のために必要なことであって、仕事を頑張ることで家族に貢献したい、家族を自分が頑張って経済的に支えたい、という考えなのかもしれません。そうであれば、根本的な、「家族を大事にする」という点は実は奥様と同じで、ただそのための方向に大きなずれがあるということかもしれません。
家族を大事にするという夫の結婚当初からの考え自体にはブレがないと、夫は思っているでしょう。ただ、それが奥様が思う家族を大事にするやり方と、方向性がずれているだけです。
そこで、奥様としては、方向性がずれている、休日にゴルフに行って家族の時間を作らないことは、夫の言う「家族を大事にする」という自分ルールとはずれていることを指摘しましょう。家族を大事にするとはどういうことなのか、奥様の考えをよく説明して話し合えば、解決の糸口は見つかるかもしれません。夫としても、家族を大事にしたいという思いはありますから、奥様からもそう思ってもらえることがある意味では「お返し」にもなります。自分の行動が家族を大事にすることにつながっていないということさえ納得してくれれ、奥様の希望に近づくことができるでしょう。
簡単ではないかもしれませんが、十分に話し合えば必ず解決の糸口は見つかると思います。
今日はここまで。更新は原則として毎週火曜日です。
photo by Stuart Rankin
うちも似たような状況だったので、とても参考になりました!ありがとうございます。
匿名さん
コメントありがとうございます。よくある状況ですよね。参考になれば嬉しいです。
方向性のずれを相手に気が付いてもらえるよう話を進めるとうまくいきそうだなと感じました。
ありがとうございます。
平安京さん
方向性という視点は大事ですよね。同じ話をしていても、その人の価値観によって全然違う話に聞こえてしまいますからね。
中嶋先生のブログは学歴のない私でもわかりやすく楽しく読めます。多忙な毎日を送られていると思いますけど、世界中の弱者の為にこれからも活躍して下さい。
チビさん
コメントありがとうございます。
できるだけ分かりやすくお話できるように心がけます~。
弱者も強者もない世の中になるともっと良いですよね!