第17話 バイアスに立ち向かう~利益の確実性と損失のギャンブル性からわかるフレーミングの重要性、「言い方しだい」な人たち~

今回の問題


今回も相談ではなくて、あなたへの問題です。抜き打ちテストを行うことが、論理的にできるのか、何をもって「抜き打ち」というのか、考えてみるとなかなか難しい問題です。

もうすぐ梅雨時の6月です。6月は祝日もなく憂鬱な気持ちになっていた高校2年生のあなたに、さらなる悲劇が起きました。あなたが苦手な化学について、6月の放課後に抜き打ちテストが1回だけあるというのです。6月にあるのは公表されているのですが、抜き打ちテストですから、いつ行わるのかは分かりません。

しかし待てよ、あなたはふと気が付きます。31日に行われることはあり得ないんじゃないか、だって、もし30日までに抜き打ちテストがなければ、テストは31日にするしかなくなるけど、それじゃあ抜き打ちにならないぞ、と。

あれ?31日が除外されるなら、同じ理由で30日も除外されることになるんじゃ?だって、31日はあり得ないんだから、もし29日までにテストが行われていなければ、30日に行うしかなくなるし、それじゃあまたもや抜き打ちじゃないじゃないか!?そんなふうにどんどん遡っていくと、あなたはついに、「テストを行える日はない!!」という結論に達しました。

そうして、試験対策をしなかった結果、6月28日にテストが行われ、あなたは散々な点数を取ってしまいました。

さて、あなたは先生に「抜き打ちテストじゃない!」と文句を言えるでしょうか?

 

おさらい


これまでのおさらいです。3つのステップで検討しましょう。①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という3点です。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。交渉前に何のために交渉するのかを決めておくことで,合意をする際に迷いがなくなります。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを探りましょう。相手を理解するためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2点がポイントです。まずは全体の8割は相手の話を聞くことに使いましょう。自分の話は2割くらいです。相手に敬意を払いながら,話を聞いて質問をすれば,多くの情報を得ることができます。感情的になるときもありますが,感情は悪いものではないので,うまく付き合いながら交渉を進めることが大事です。

交渉を行う際に避けられない障害がバイアスです。見たいものしか見ないバイアス、過去に囚われるバイアス、目立つ情報にすぐに飛びつくバイアス,自己中心主義や自信過剰のバイアスなど,いろいろなバイアスがあります。今回は、言い方・言われ方によって考えが変わるフレーミングのバイアスについて考えていきたいと思います。

 

フレーミング


人は、情報がどんなかたちでもたらされたか、言い方に過剰に反応しがちです。

たとえば、次のような場面を考えてみてください。

あなたがあるスポーツ用品店で新しいスニーカーを7000円で買おうとしていたところ、たまたま通りかかった友達が、全く同じスニーカーが隣の駅にあるお店では4000円で売っていると教えてくれました。さて、あなたは3000円節約するために隣駅のお店まで行くべきでしょうか?

場面は変わり、

あなたが電気屋さんで新しいパソコンを8万円で買おうとしていたところ、たまたま通りかかった友達が、全く同じパソコンが隣の駅にあるお店では7万7000円で売っていると教えてくれました。さて、あなたは3000円節約するために隣駅のお店まで行くべきでしょうか?

この調査では、最初の質問については、90%の人が隣駅のお店に買いに行くと回答し、2つ目の質問については、隣駅のお店まで買いに行くと答えた人は50%だけだったそうです。

 

もうひとつ、有名な実験を紹介します。あなたは今、死者600人が予想される特異な伝染病の発生に備えており、2つの対策が考え出されました。どちらに賛成するべきでしょうか?

対策A 対策Aを実施すると、全員のうち200人の命だけは救われる

対策B 対策Bを実施すると、1/3の確率で全員が助かり、2/3の確率で全員が死亡する。

では、同じ問題で次はどうか?

対策C 対策Cを実施すると、全員のうち400人が死亡する。

対策D 対策Dを実施すると、1/3の確率で誰も死亡せず、2/3の確率で全員が死亡する。

よく読めば分かりますが、対策Aと対策Cは同じこと、対策Bと対策Dも同じことを言っています。それにもかかわらず、回答者の比率は、AとBでは、Aが76%でBが24%であったのに対し、CとDでは、Cが13%でDが87%でした。ABとCDで異なるのは、「命が救われる」から「死亡する」に表現が変えられているだけです。選択肢を異なる言い方や枠組みで説明する(フレーミング)により、なぜこのような違いが起きるのでしょうか。

同じ意味でも違って聞こえるのはなぜか

 

得たいものは確実に、失うものはいちかばちか


上の例からはわかるのは、人は「利益」を考えているときにはリスクを避ける傾向があり、「損失」を考えているときにはリスクを好む傾向があるということです。「救われる命(=利益)」に焦点を当てている場合には、リスクの少ない200人が助かるAを選択し、「失われる命(=損失)」に焦点を当てている場合には、リスクの高い1/3の確率で全員が助かるDを選択したということです。

このようなバイアスは交渉の際に大きな影響を及ぼします。報酬やボーナスや遺産など得られる利益の配分を交渉する際には、確実性を求めて譲歩をしやすい反面、コストや罰金など損失をめぐる交渉では、交渉決裂のリスクを負ってでも頑なになり、交渉が困難になる可能性が高くなるということが考えられます。

ただ、ここで注意しなければいけないのは、「利得」や「損失」が何と比較して判断されているのか、その参照点をどこに置くかによって、バイアスの方向も変わり、選択肢が受け入れられるかどうかも変わるということです。

例えば、ギャンブルは、負けているときほど賭金は多くなりがちです。競馬場について早々に1万円は賭けない人も、9レース目で5万円負けているときのほうが、リスクを冒して1万円などより多くの金額賭けてしまいます。ですが、あなたが前日に株価の下落で5万円損失が出ているとき、競馬場について早々に1万円は賭けないでしょう。要は、実際に負けているかどうかではなく、その状況で負けていると感じるかどうかということです。そして負けていると感じるかどうかは、何を今の状況や結果と比較するかということです。あなたの前日の財産全体といまの状況を比較すれば、同じ5万円の損失が発生していることになりますが、あなたが競馬場に着いた時のポケットのお金と今の状況を比較すれば、負けていないため、リスクを冒そうとしないということです。

利益は確実に,損失はいちかばちか

 

参照点を調整する


参照点をどこに置くかによってバイアスが変わってくるとすれば、あなたがフレーミングのバイアスに陥らないようにするためには、常に、何と比較して利益や損失を判断しているか、その参照点を十分に理解するということが大切です。

最初の例で、スニーカーを買う場合は3000円のために隣の駅まで行く人たちも、パソコンを買う場合には3000円のためにわざわざ隣の駅まで行きません。これは、隣駅まで行く時間や労力を、値引率と比較しているためです。つまり、スニーカーの43%の割引率は、隣駅まで行く時間や労力に優る「利益」と判断されました。ですが、パソコンの4%の値引率だと、隣駅まで行く時間や労力のほうが大きくて、4%の割引率では釣り合わない「損失」と判断されてしまったということです。

相手がフレーミングのバイアスに陥っている状態、とくに「損失」に焦点が当たってしまうと、リスクをとってでも自分にとって好条件にこだわってしまい、「交渉の打ち切りリスクが高い態度」で挑まれてしまいます。そんな場合は、相手が何を参照点として判断しているのかを探り、その参照点以外の参照点の存在を伝えて、「損失」から「利益」に目を向けさせることが重要です。

また、相手と交渉を始める際に、相手に対して、今回の交渉における合意と譲歩がどんな意味になるのか、その枠づけを事前に調整することで、合意できる可能性が大きく変わってきます。つまり、相手が、「今回の交渉では安易な譲歩はあなたの損失になる可能性が高い(マイナスの枠づけ)です」と告げられた場合と、「今回の交渉で合意ができれば、どんな合意でも互いに前進できるという意味であなたの利益になります(プラスの枠づけ)」と告げられた場合では、プラスの枠づけで告げられた場合のほうが、合意できる可能性が高く、交渉の結果も公正だと感じてもらえる傾向にあります。

「利得」にフレーミングできた場合、お互いが協調しやすい関係になり、与え合うことができるようになります。できる限り、プラス方向にフレーミングしていきましょう。

何をモノサシにするのかを調整しましょう

 

今回の問題の検討


さて、それでは冒頭の問題の検討に移りましょう。

「抜き打ち」テストが、事前に予想できない日にいきなりテストがされることという前提で考えると、事前に予想できる日は「抜き打ち」ではないことになります。この場合、31日から遡って考えると、30日の時点では31日にしかテストができないことは明らかなので、31日にテストを行うことは予想できることになり、「抜き打ち」ではないことになります。そうすると、31日は候補日からは外れます。残る1日~30日の中で30日があり得るか考えると、29日の時点で最終の30日に行われることは予想できますので、30日も「抜き打ち」にはなりません。30日も候補日から外れ、残り1日~29日の中で28日の時点では最終の29日に行われることは予想できますので、29日も「抜き打ち」になりません。こう考えていくと、全部の日が「抜き打ち」ではないということになります。

この問題に対しては、「抜き打ち」というのは、単に前もってテストのある日を知らせない、という程度の意味しかないという反論もあり得ます。仮に30日の時点でも、31日にテストを行うかどうか知らせない以上は、31日に行うのも「抜き打ち」といえるという反論です。

でも、「抜き打ち」はやはり事前に予想できないから「抜き打ち」なのであって、30日になれば、翌日にしか行えないことは言われなくても明らかですから、結果として31日は「抜き打ち」とはやはり言えなさそうです。そして、これはすべての日についても当てはまりそうです。

ひとつの解決方法として、これもフレーミングにおける参照点と同じような考え方をすることが考えられます。「抜き打ち」というのは確かに事前に予想できない状態で実施されるものです。30日になれば、31日しかテストはあり得ないので、31日は「抜き打ち」ではありません。ですが、今が27日だとすると、28~31日のうち、いつテストが行われるかは、27日の時点ではやはり分かりません。「いま」の時点を参照点にすると、「いま」が30日以外であれば、複数の日のうちいつに行われるかはわからないので、「抜き打ち」といっても良いのではないでしょうか。

「抜き打ち」という意味をどう考えて、どう説明するか、何と比較して予想できないと考えるのか、言葉の使い方によって、全く意味合いが変わってきそうです。この問題から理解できることは、言い方によって、ひとを一定の考えに方向付けることが可能だという事です。

フレーミングそのものではないですが、言い方というのは、とても重要です。提案をするときも提案を受けるときも、プラス報告にフレーミングしていくようにしましょう。

テストはありますよ

今回はここまで。更新は原則火曜日です。ご相談もお待ちしています。

illustration by hana jang

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