第24話 与え合うということ~「何を」与えるか、お返しを考える

 

彼女の料理が不味い


今回の相談は、パートナーの作るゴハンが不味いのに、不味いと言えないというとてもよくありがちな相談です。こういう小さなストレスが大きなヒビを生み出しかねないので、なんとか早めに解決したいところですね。

彼女と同棲している24歳の会社員です。彼女は夕食を作ってくれるのですが、その夕食が不味いのです。もちろん、食べられないほどではないのですが、美味しくありません。たぶん、調味料や材料の分量とか、調理法を間違えているかおおざっぱなのか、とにかく美味しくないのです。

でも、彼女も頑張って私のために作ってくれているので、不味いとは言えません。ただ、疲れて帰ってきて、美味しくない料理を美味しいと言って食べるのはストレスです。どうすればよいのでしょうか。

 

前回までのおさらい


まず前回までのおさらいからスタートです。交渉は3つのステップ、①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、という3点で確認していきます。

①「自分の目標」は、「交渉前には持っていなかったもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。自分が何のために交渉をしているのか、そのゴールをきちんと意識することで、無意味な交渉を避けることができます。

②「相手は何を考えているか」では、相手が何を考え、何を交渉の目標に置き、何を重要とみているのかを考えます。相手のことを知るためには、(ⅰ)相手の話をよく聞き、(ⅱ)相手に適切な質問をする、この2点を中心に行います。相手の話をじっくり忍耐強く聞きましょう。交渉のほとんどの情報は、ここで集まると言ってもよいくらいです。8割は相手の話を聞くことに割いて、自分の話は2割以下とどめてください。

話を聞くときにも、質問をするときにも、自分の一番大事な人に接するときと同じように、常に敬意を払う姿勢を忘れてはいけません。あなたも相手も、時には感情的になるときもありますが、感情は悪いものではないので、うまく付き合いながら交渉を進めることが大事です。

交渉を行う際には、感情のほかに、その人特有のモノの見方(バイアス)を考慮する必要があります。人は複雑な生き物で、何でも合理的に冷静に考えて行動できるわけではありません。ときには、自分の身を守るために、嘘をつくこともあり、うそやごまかしにも直面しても大丈夫なように事前の準備を欠かしてはいけません。

今回は、③相手と「何を」「どう」与え合うかのステップについて、考えてみます。

 

与えるものは相手をハッピーにするもの


さて、ブログのタイトルにもあるとおり、交渉は与え合うものであることが必要です。「交渉」がありふれたものだということは、これまでもご紹介してきましたが、堅苦しく聞こえるというということであれば、「お願いを聞いてもらう」というように言い換えてもらってかまいません。

お願いを聞いてもらうためには、相手がハッピーになれるものを渡す必要があります。相手が何をもらえばハッピーになるかは、相手次第です。そのためにステップ2で相手のことをいろいろ知ろうとしたはずです。

それで相手がハッピーになるものがわかって、それがあなたにとって負担でないのであれば、交換すればよいのです。

でも、ステップ2を駆使しても、相手のことがわからないということもあります。相手のことはわかりました、でも相手がハッピーになれるものまではわかりません、ということもあります。相手がハッピーになれるものがわかっても、あなたに負担が重すぎるということもあるかもしれません。そんなときにはどうすればよいでしょうか。

 

あなたのお願いが相手をハッピーにすることもある


一般的に、ビジネスの交渉では自分の利益が相手の不利益という状況を想像しがちです。ですが、これをビジネスの場面から、ごく身近な私生活上の場面に置き換えてみると、実は、あなたのお願いが相手にとってもハッピーをもたらすということもあります。

たとえば、彼がいつも帰ってきたときに靴を並べずに脱ぎ散らかしていて、いつも後であなたが並べなおしているとしましょう。あなたは彼に靴をきちんと並べてほしいと彼にお願いしようと考えています。ところが、あなたは彼がハッピーになるようなお返しとして何があるのか、どうにも思いつきません。どうしましょうか。

そもそも彼はどうして靴を脱ぎ散らかしているのでしょうか。ただ単に面倒だということもあるかもしれませんが、たとえば外食で靴を脱がないといけないときに、靴を脱ぎ散らかす人はいません。そうすると、なにか理由があるはずです。もしかしたら並べるにはスペースが足りず、自分の靴を並べるのに、あなたの靴も移動しないといけず、それが面倒だとか、あなたの靴を勝手に触ってなにか言われるのが嫌なのかもしれません。もしかしたら、彼にとっては脱ぎ散らかしているのではなく、一応並べているという認識なのかもしれません。あなたがわざわざ並べなおしていることまで気づいていない可能性もあります。知らないとすれば、わざわざ並べなおしてもらうのは申し訳ないなと思うこともあるでしょうし、本当は靴箱にしまいたいのに、あなたの靴でいっぱいだし、並べるスペースもあまりないから、そういった気になっていないということもあります。彼なりに、何かしら理由があるだろうということです。

こういう場合、彼が靴を並べることを躊躇する理由を取り除いてあげれば、彼にとっても、自分の靴をあなたに借りを作ることなく並べることができて、彼にとっても(今よりは少なくとも)ハッピーといえるでしょう。あなたの靴も下駄箱にきちんと仕舞って、彼の靴を並べるスペースを作るなどです。これがあなたの彼に対するお返しということです。こうすることで、お互いが今よりもハッピーになることができる、与え合う交渉の一番重要な部分です。

あなたが、お願いをするにあたり、彼がそれをしない理由を取り除くことそれ自体が彼に対するハッピーなお返しになることもあるということを、知っておくとよいでしょう。ただ、そのためには、よーく彼のことを観察して、彼と話し合って、お互いのことを分かりあうことが必要です。

与え合う交渉において、与え合うものには、一切の制限はありません。想像力をフル活用して、何を相手にしてあげられるのか、相手のことを思いやって考えてみることが大事です。相手と一緒に考えることで絆も生まれますし、いいことだらけだと思いませんか。

あたなのお願いを叶えることがみんなをハッピーにする

 

段階的に、粘り強く!


靴を並べるといった些細なお願いごとであれば、お互いにお願いしあう負担は少ないので、スムーズに解決できると思いますが、これがお金や感情が絡んで深刻化したり、ビジネス上の交渉の場面などになると、簡単には解決できません。

そういった場合には、いきなり核心部分を解決しようとするのではなく、段階的に、そして粘り強く進めていくことが大事です。

あなたが奥さまにお小遣いの額を上げてもらいたいとき、すぐにお小遣いを上げてほしいといっても難しいですよね。そういったときに、なぜお小遣いの額を上げてほしいのか、それでお互いにハッピーになることができることを力説しなければいけません。あなたが奥さまがハッピーになるような提案をしても、それでも家計についてシビアな奥様は、お小遣いの額を上げてくれることを躊躇するかもしれません。そういうときに、お小遣いの額だけに焦点を絞るのではなく、それ以外の夫婦のより簡単な問題、とくに奥さまが問題に思ってそうなことを解決することで、夫婦関係を良くして信頼関係を高めることが効果的です。いわば外堀を埋めるのです。そうして段階的に、粘り強くお願いとお返しを繰り返すことで、お小遣いの額を上げることまでたどり着きやすくなります。

何事も、段階的に少しづつギャップを埋めて、信頼関係を築きながら解決していくということが大事です。

 

今回の相談の検討


さて、今回の相談の検討にうつりましょう。彼は、彼女が作るゴハンが不味いことを、彼女に伝えることができず困っているようです。

彼の交渉の目的、言い換えると彼女にお願いしたいことは何でしょうか。伝えることができていないということは、まずは彼女にゴハンが不味いという事実を伝えたいということが考えられますが、そのうえでどうしたいのか、彼女に美味しい料理を作ってもらいたいのか、不味いので作らなくてもよいと伝えたいのか、そこは彼しだいです。

どちらか彼が目標を決めたら、彼女が何を考えているのか理解したうえで、彼の彼女へのお返しを考えないといけません。彼女自身がゴハンが不味いことを気づいていないとすれば、彼女としても美味しいゴハンが作れるようになることは彼女もハッピーになれるお返しとなります。

そこで、彼女に料理が不味いので、一緒に作ろうとか、料理教室に通おうとか、自分が教えるとか、いろいろな選択肢を考えて提案すればよいという結論に達しそうですが、問題は、彼女にゴハンが不味いと伝えること自体のハードルが高いということです。いきなり彼女にゴハンが不味いと伝えると、彼女のプライドが傷ついてしまい最悪な事態にもなりかねません。

そこで、段階的にギャップを埋めていく必要があります。まずは、彼が彼女を愛していることを、いろいろな角度から存分に伝えましょう。ここを怠ってはだめです。愛情と信頼関係こそが、与えあう交渉の核心だからです。彼が彼女のことを愛していることを十分に伝えることが出来れば、ゴハンが不味いのでもっと美味しくなるように一緒に頑張ろうという彼の提案も、彼女にとっては彼の愛の現れだと感じてもらいやすくなります。

何事も急がず段階的にやることが必要だということです。

 

今回はここまで。更新は原則火曜日です。相談も随時募集しています。下のほうにスクロールするとコメント欄もありますので、よろしければお願いします。

Photo by William Asrby

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コメント

    • 平安京
    • 2018年 9月 04日

    毎回勉強になるのでじっくり読ませてもらっています。
    段階的に話を進めるのは難しいと思いがちですが、愛情と信頼していることをきちんと伝えていれば色々な交渉がうまくいきそうですね。

      • 中嶋俊明
      • 2018年 9月 30日

      平安京さん
      いつもコメントありがとうございます。
      結局、人間関係の問題は、小手先のテクニックではなく、愛情や信頼といった本質的なものが大事なんだと思います。それが難しいんですけどね(笑)。

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